一 師の言葉

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「これは師の片割れと思い、生涯大切に致します」 「大切とはいえ、何事にも加減というものは肝心であるぞ」 「と、言いますと?」 「分からぬか?剣士にとって剣とは自らの命を預け共に歩む仲間であると同時にただの道具なのだ。 手入れを怠り錆びさせるのは剣士の風上にも置けぬが、かといって剣を大切にする余り自分の命を軽んじてはならぬ。 何にも増して自分の命が一番であり、その命と天秤にかけるのであれば迷わず剣は道具として切り捨てよ」  この男ジュウベエ、以前師にヨシツナを頂いた際に肌身離さず持ち歩き暇とあらばその身を眺め手入れをし、まるで新しく出来た恋人かと思える程の病的な執着を見せてキドウマルに諌められた過去を持つ。  キドウマルの今回もそうなっては敵わぬという意図と、これからは自分が見る事は敵わぬという意図が混じった忠告であるが、これがよほど堪えたのかジュウベエはノブツナを鞘に納めた後に再び頭を下げる。  図星のジュウベエ、もしこの師からの忠告が無ければこの剣守る為ならばとにもかくにも身を捧げんとばかりにその身を粗末に扱っていたであろう。 「よいなジュウベエ」 「はい、深くこの身に刻みましてございます」  まるで師の片割れであるかのように大切に、かといっていざという時には執着心無しに捨てる事が出来るようにという微妙な匙加減を刻み込んだジュウベエは、腰に差すには長すぎるノブツナを背中に括り付けてゆっくりと立ち上がる。 「最早この先再び儂と相見えることはないであろう。 だからこそ言っておくが、無様に死ぬは師の恥ぞ。 たとえ何があろうと、無様に生き恥をさらそうと生き続けよ。 一木一草悉く向かってくるとあれば容赦などせず斬り捨てよ。 そして何時の日かこの儂を越えてみせよッ!!」 「はいッ!!」  キドウマルが咆え、ジュウベエがそれに続いて咆える。  二人の人間がまるで獰猛な獣の如く、気迫満点迫力満点の声をあげて目を合わせ続ける。 「……ではなッ!」  満足いったかキドウマル、先程までの神妙な空気はどこえやら軽快な口ぶりで今生の別れを感じさせぬ軽い足取りで寺へと戻っていく。  その背中をジュウベエが静かに見つめ、その姿が寺の中に消えたのを確認して深々と頭を下げる。  そして「最早用は無し」とばかりに師の最後の言葉を守る為、故郷に背を向け歩き出した。
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