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突然男の声がして、僕は現実に引き戻された。
体がびくっとなったせいでバランスを崩してよろめきかけて、慌ててフェンスを後ろ手で掴んだ。
下に並ぶ黒い車が視界に映る。
重力に吸い込まれそうになる。
くらっと目眩がした。
一瞬、車に叩きつけられる人影がフラッシュバックした。
多分、何かの映画のワンシーン。
心臓が変な間隔と速さで鼓動している。
手のひらに汗がにじみ出る。
落ち着こうと呼吸を整える。
危ない、下手をしたら本当に落ちるところだった。
見てはいけない、と思いつつ、視線は下界から離れようとしない。
「早まるな! 死んだらそれで終わりなんだぞ!」
フェンスをガシャガシャと声の主と思われるヤツに揺さぶられ、バランスを崩しかけて僕は思わず悲鳴を上げそうになった。
分かったからお前が落ち着け、そんなにフェンスを揺さぶるな、落とす気か!
と言いかけて振り返って、僕は言葉を失った。
思考回路が一瞬、どこかに置いてけぼりになった。
声の主は、僕より少し低い背丈の男子。
太めの端正な黒いはっきりとした眉に、黒縁眼鏡。その奥の目は必死だ。
眉間にシワを寄せて、険しい顔で僕に何かを訴えている。
そこまでは、いい。
問題は、その格好が……とてつもなく間抜けだったってこと。
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