名古屋の母

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 インターホンを鳴らすと、すぐに赤ちゃんを抱いたさと子さんが出てきてくれた。そうそう、俺のヨコシマな気持ちはさておき、今日の主役はこの赤ちゃんなんだった。生後一か月だからまだ、首もすわってない。三年前よりだいぶふくよかになったさと子さんに抱かれていると、とてもとても小さく見える。  「久しぶりだねぇ町田くん。暑かったでしょ、ごめんね。どうぞ上がってね。」  あの頃から姉さん的な存在だったけど、相変わらずトーンが優しい。髪型がワンレンのアップだからか、仏のように後光が差して見える。  通されたリビングでは、元同級生の二人が、先にくつろいでいた。二歳の長男君をあやしてあげているようだ。  「ひさしぶり。変わらないねみんな。」  俺の一言に三人とも微笑む。老けていても変わらないと言う。俺ってすごい。  先の二人と同じように、氷入り麦茶がガラステーブルに到着した。さと子さんがボトルをそのまま置いていく。俺の尋常じゃない汗を悟ってくれたらしい。続けざまに三杯飲みほした。  ガラステーブルには新しい赤ちゃんの服があった。出産祝いってやつだ。俺は何がいいのか良くわからないので、ドーナツに走っちゃったけど。長男君が興奮してドーナツにがっついてるから、まぁいいんじゃないか?  「町田くん、居酒屋の板前なんだって?」    元同級生の一人、大井夢子がソファーから身を乗り出して聞いてきた。この前学校の元担任、二宮先生と飲んだ際の情報では、彼女は事務員をしているらしい。ショートカットで小柄、メガネをかけていて文学好きを思わせる印象だ。  「うん、そうだよ。毎日魚さばいてるよ。大井さんはワンデーシェフしてるって?」  「そうそう。日曜日だけ、コミュニティーハウスを借りて、好きなもの作ってるの。今はマクロビオティックっていう、調味料をなるべく使わない方法でね…」  …調味料をなるべく使わない料理。あんまり俺は食べたくないかも。
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