黄昏の幻

11/13
前へ
/13ページ
次へ
やけに明るく言いながらも、声は震えていた。 濡れた制服からぱたりぱたりと水滴が落ちる。 「言ったでしょう? ここは狭間の世界。彼方(あちら)の意思のある生き物は此方(こちら)には居ないよ。君は迷い込んでしまったんだね。」 いつの間にか池から上がっていた男を振り返る。 「うそっ!」 「どうしてそんなに否定するの? 君は帰りたくなかったんでしょう?」 少女は拳を固く握り締める。 「こっ、こんなとこに来たかったわけじゃない! 帰して! 私、帰る!」 男の白いワイシャツにしがみつくように縋る。 相手が人間ではないという事を頭から失念させているのか、信じてないのか、少女はさらに男に掴みかかる。 「ただ、毎日毎日お小言の繰返しにうんざりしてただけ! 帰りたい!」 「そうだね。帰れる内は帰った方が良い。ある日突然当たり前に帰れる場所が奪われるなんて、わりと有ることだ。僕らのようにね。」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加