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直後。その槍から薔薇の炎が出火した。
激しい勢いで燃え盛る炎は、柄を伝って一瞬で騎士に燃え移っていく。突然現れた恐るべき色の炎に、周囲に慟哭が走ったのをニーナは悟る。
「え、ぅ、うわぁああッ!?」
「グ、グレーテルさ……!?」
騎士の悲鳴と共に、辺りが一瞬、騒然とした。刺々しい空気の気配が、全く違う棘を孕む。薔薇の炎は一瞬で騎士の体を包み込み、燃え上がった。
装甲すら緩やかに溶かしていく炎。無論もっと火炎を強めれば一瞬で黒焦げに出来るが、殺すことが目的ではない。
「……なんならこの炎、【薬】に変えてあげてもいいのよ?」
【薬】。その言葉が如何にグリムリーバーにとって脅威なのかを、ニーナはよく知って居た。
毒では一切抗えない力。堕天使すらも疎ましく思っているこの能力を、グリムリーバーが恐れないわけがなかった。
そしてニーナの一言で命の危うさが本格的なものだと悟った騎士は、持っていた槍を放り投げてニーナの前にひれ伏した。
「も……申し訳ありません、早く、早く門を!!」
焦った騎士が地べたを擦った儘叫ぶと、仲間が慌てて門を開く。
ニーナは門が開き切ったことを確認した後、炎を消す。手加減して居たので死にはしなかったが、蒸し焼き状況だったのだろう。苦しそうに咳き込んでいる。
その騎士によく聞こえるよう、ニーナはしゃがんで耳元に口を近づけた。
「……貴方の声、記憶させて貰ったわ。今後負傷しないように気をつけるのね。治療にかこつけて殺されたくはないでしょう?」
さぁ、という効果音さえ聞こえそうなほど青ざめた騎士が頷くのを見届けてから、ニーナは立ち上がる。
そしておぞましい捨て台詞を吐いた様子など微塵も見せずに、門へ足を運んだ。
……あ。
ふと重要なことを思い出したニーナは、門の隣にいた騎士に目を向ける。
「他の四天王と補佐が来るまで門は閉めて。余計なことをしたら、【偽王国】ごと焼き払うわよ」
「はっ……承知致しました……!!」
先程の光景が余程ショッキングだったのだろう、口答えする者は誰もいなかった。
……いつもそれくらい従順なら、私と話す時間も短縮できるものを。本当にお馬鹿さん……
ニーナはそう思いながら門の中へ入る。扉が完全に閉められたことを確認してから振り向き────凍りついた。
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