第一譚 ダイナの迷い

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 頂点が分からない程高い、リヴ・ヴォールト天井に聳え立っていたはずの【封印】が、完全になくなっていた。その代わりあったのは、粉々に砕け散った灰色の水晶。  壁一面に並んでいたはずのステンドグラス窓は全て壊れ、転がる灰色の水晶の間に混ざって落ちている。  鮮やかな色を織り交ぜて反射している灰色の水晶は、封印の残骸。ヴィンセントが渾身の力で創り上げたはずの封印は、跡形もなく砕かれていた。  これ、は……。  封印が破壊されたと言っても、ここまで無惨な壊されようだとは思っていなかった。  【12番目】グリム・S・アーカイバー本人にニーナがかけた封印は保たれているだろうが、彼の肉体が動けぬようかけていた封印は、木っ端微塵と言って言い過ぎではない状況だった。  ────……、先輩。貴方ついにやってしまったのね。  いたはずの【彼】が消えている空間。それを睨み付けていたニーナの身体に、不意に重みが乗った。 「捕まえた」  ふっ、と乗った重み。その重みに身体の重心が軽くぶれたと思った瞬間、その首に、腕がかかる。  同時に耳元にかかる息と、薫ってくるムスクとバニラの匂い。一度嗅げば忘れられない、妖艶な匂いを漂わせる人物を、ニーナは一人しか知らなかった。  そして、何より決定的なのはニーナに触れるこの手だ。今にも壊れそうな人形を抱き締めるように優しく私に触れるのは、彼しかいない。 「捕まえる必要があるのは私じゃなくて先輩なんだけど? ヴィンセント」  ヴィンセント・ダントーニ。ニーナの旧知の者であり、四天王第4位として君臨している人物だ。ニーナの黒髪と比べると明るいグレーの髪が特徴的だが、透明感とはまるでかけ離れた濁りを持っていた。頬に触れる彼の髪が鬱陶しいほどくすぐったい。 「うん? 間違ってないよ、俺はいつもニーナが欲しい」  ニーナが呆れながら言うと、ヴィンセントがすりすりと頬ずりしてきた。視線だけを動かすと、言葉を裏付けるように熱っぽい目で此方を見ているヴィンセントがいた。  鮮血を散りばめたような赤い瞳。その内側から滲み出るように熱い色を抱くその目は、いつ見ても慣れることはなかった。
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