第一譚 ダイナの迷い

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 常に笑顔を浮かべる薄い唇の口元、けれど一切他人に自分を理解させない、拒絶に満ちた鋭い瞳。目に全ての血が集まってしまったのではないかと思えるほど血色のない肌だが、その白さよりも目をひくものがある。それは高い鼻筋を通って大きく広がる、火傷の痕だ。  直ぐにニーナの髪を弄る彼の手には、長い髪を結っているものと同じベロアのリボンが巻かれている。その下には、彼の特異と言える能力を発動する鍵が眠っている。その手が触れる髪を持ち上げ、彼は顔を寄せた。 「今日は煙草の匂いが強いね。イライラしてるの?」 「……」  目聡い……。  ここに来るまでの間、ニーナはその苛立ちを押さえる為に煙草を吸っていた。ヘビースモーカーとさえ言われるほど一日に大量の煙草を吸うニーナの身体からは、煙草特有の匂いが漂っているだろう。その濃さの違いになど普通は気付けないと思うのだが。 「イライラしないでいい方法を教えてあげようか。ジュニアのことなんか忘れて俺のことを考えてればイライラしないよ? 俺はずっと君のためにいるんだから」 「そう。ありがとうヴィンセント」  ニーナは言って、振り向く。満面の笑みで。 「取り敢えずその顔硫酸に浸けて良いかしら?」 「また痛そうなチョイスだね!」  にっこにこと満面の笑みで言うニーナに、ヴィンセントが叫んだ。 「ニーナ様、ダメですよ硫酸なんかに浸けちゃー」  そんな二人の後ろから、一人の人物の声が聞こえた。中性的で男性か、女性どちらのものか分かり難い声だ。 「そこは硝酸に浸けないとー」 「いや硝酸の方が確実に危ないんだけどサイト君!?」  そしてその声がとんでもない毒を吐いた。  先程までの妖艶な様子とは裏腹に、酷いよーと言って涙をぽろぽろと流すヴィンセント。一応は部下のはずのサイトバラッドの言葉に完全にやりこめられているその姿に、ニーナはため息混じりに振り向く。  ヴィンセントの横に立つのは、ニーナの従者・レオの幼馴染みであり、四天王補佐の地位に着く青年────サイトバラッド・アバンチュール。  サイトバラッドは表情の読みにくい、何処か惚けている頼りない顔を引っ提げて立っていた。身長や体格からするともう少し大人びていてもいいのではないかと思う、雀斑の愛くるしい青年だ。  ざっくらばんに切られたくすんだ緑色の髪が、彼の外見に関する無頓着さを示している。
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