第二十九譚 私にとっての負け

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「敬意なんて……必要、ありませんよ」  ひゅーっ、と、大きく息が響く。  その音の理由は、フィノを倒した人物にあった。是堂雪做。彼がフィノを地面に倒したのだ。  彼の肺には深々と、ナイフが突き刺さっていたが。  肺に穴が開いたせいか、是堂の口から吐き出される言葉は弱弱しく、普通の呼吸音ではない。尋常でない量の血が、彼の口からは確かに溢れ出していた。 「まともな死に方するなんて……思っちゃいませんでしたから」  胸元にナイフを突き立てられた彼もまた、ナイフを握り締めていた。ホラーハイズ一族の紋章が刻まれたナイフ────ではなく、雷斗が見たことのないナイフを。その柄は酷く年季が入っており、決して綺麗とは言えなかった。だがその刀身は鋭く磨き上げられている。 「それは随分と、悲しい人生だな」  フィノが言う。ふ、とあまりにも痛々しく是堂は笑った。だがその顔は絶望していなかった。心の奥底からの憤怒に────満ち溢れていた。 「当たり前だろ……」  ぶわっ、と。是堂の体から滲みだした【毒】に、雷斗はびくっ、と震えた。ダミアンもまた驚いたようにその目を見開いている。 「妹に刃を向けた時点で! まともに生きられるわけがないだろうがッ!!」  血を吐き出すとともに叫んだ是堂の体が、うっすら灰がかり澱んだ白い炎に覆われていく。絞り出すように纏われたその炎は、灰を含んだ雪のような色だった。是堂の体から初めて現れた色のある炎が、フィノに向かって振り上げられたナイフに集まっていく。  それはまるで。彼の命の灯、そのもののようだった。       ◆◆◆ 「痛ッ!」  目の前を一閃、走っていったスフォリアの鞭。それを避け切れず右肩に受けたニーナは、手にしていた水晶の剣を取り落としてしまった。それどころか右腕は酷く痙攣を起こし、ニーナの顔も苦痛に歪む。 「────く……!」  手のひらを何とか広げてみたニーナだが、その指先は笑えないほど激しく痙攣していた。もう片方の手で押さえようと手首を掴むが、空しい抵抗だった。神経がおかしくなったとしか思えない激しい痛みだ。 「何が……っ」  ニーナは眉を寄せながらスフォリアを見上げる。  襲ってくる激しい痛み。しかし実のところ、鞭は肩を掠めた程度だった。そう、それは通常では痛みを負うようなものではない。だがその腕は確かに激痛を覚えている。 「痛いか?」
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