第二十九譚 私にとっての負け

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 ニーナは反射的に目を細め、睨みつけるようにしてスフォリアを見下ろした。スフォリアは一切感情のない顔で見上げてきている。痛みに喘ぐニーナの姿を見て勝ち誇っているわけでも、慢心しているわけでもない。彼の問いかけは、単に【データ】を集めようとしているように見えた。  その戦法はまさにニーナと似ている。故に分かった。彼にこれ以上、なんの情報も与えてはいけないということを。  そして恐ろしいのはスフォリアだけではない。スフォリアからニーナはちらりと目を逸らし、【タルタロス】と天使相手に力を振るうアレンの姿を見た。その更に横では砂糖が不愉快な旋律を奏で続けている。  全ての堕天使に当てはまるわけではないだろうが、少なくとも彼ら三人は力と自己だけに頼るグリムリーバーとは違い、その頭脳と統率力が比ではないようだった。  冷静に戦局を見抜き、的確な指示と絶対的な力を見せるスフォリア。スフォリアの命令を忠実に受け入れ、正確にこなす能力を持つアレン。だが、そんな二人を凌いで恐ろしいのが、砂糖だ。一見ただのサポート役に徹しているように見える彼女だが、ニーナの【探知】は見抜いていた。  彼女が歌えば歌うほど、その体の中に尋常ではない【毒】が溜まっていることを。  その許容量が如何ほどなのか、ニーナには皆目見当がつかない。しかし彼女の中に毒が溜まり切ったその時がゲーム・オーバーであることくらいは想像がつく。ニーナが探知の能力を有していることを彼らも勿論知っているはずだ。そのうえで砂糖の毒の量を見せつけてきているのは、ニーナをこの結論に至らせ、焦らせるためだ。  ニーナの負けは、砂糖の毒が溜まり切った時だけではない。自分のペースを乱された時、それもまた【負け】。  ────【個】が強いのは当たり前だけど、さすが【軍】だわ。統率力も連携も、そしてお互いへの理解も半端じゃない。【個】だけで戦う四天王室の者たちとはまるで質が違うわね……。 「ええ、とっても。一体どういうからくりなのかお聞かせ願いたいわね」  純粋な感嘆と共に、自身の仲間を思い出して若干の疲弊を感じながら、ニーナは言った。  その視線は、スフォリアの鞭へと向かう。姿を目に映すだけで蘇ってきそうな痛み。ニーナは痛みの残骸か痺れが残る指先を押さえるように、その指先を強く噛んだ。
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