第二十九譚 私にとっての負け

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「お前の卑怯さには敵わないよ」  快活に笑うジップコードに対し、スフォリアは冷たく切り捨てた。うわーんとウソ泣きをする彼の先には、大勢の天使を相手に一人で戦うアレンの姿。  ニーナとて、大勢の敵を相手に戦ってきた経験が何度もある。それこそニーナは基本配下を持たずに戦ってきた。それこそ今など、アレンと同じ状況。彼の戦い方はニーナにとって驚くべきものではないが、ニーナと彼の間には決定的な差がある。追い詰められ、その中で足?くニーナとは違い、アレンの見せる戦いは鬼気迫ったそれとはかけ離れていた。  呼吸をするように受け流し、【戦い】であることを意識させないアレンの姿。禍々しい脅威を放つスフォリアとは真逆の姿で、その姿から悍ましさや恐ろしさは感じない。  だが何故だろう。彼のその水のように自然な動きは、ニーナに畏怖を与えた。アレンは【無理】をしていない。……あの多勢を相手に。  そしてニーナを追い込むのはそれだけではない。永遠に止まない砂糖の歌声。そしてなぜか止まない激しい苛立ち。  ────まるで【水】の中にいるみたい。自由がきかなくて苦しい。世界が歪んで見える。ただ体を動かそうとするだけで激しい抵抗にあう。体温が奪われ、息がうまくできない。  千寿。貴方はこんな苦しみに、いつも耐えていたの……?  思考がトリップしていたのは、たったの一瞬だっただろう。だが、ニーナの視界にそれは見えてきた。先ほど瓦礫をぶつけて落としたはずの鞭が、再び視界に入ってきたのだ。  反射的にその鞭の元を見ようとして、ニーナは真っ青になりながら目を見開く。撃ち落としたはずの鞭はニーナの後ろをぐるりと回り、襲い掛かってきたのだ。まるで生きているようなその動きだが、実際にはエデンの塔そのものの【円】を利用してニーナの背後に回り込んだのだろう。 「ッ……!」  黒髪を大きく振り、ニーナは鞭の動きを掴もうとする。だが不規則な鞭の動き全てを予測するのは不可能だった。背後にばかり気を取られたニーナは、宙返りで避けようとしたその頬を鞭にぶつけてしまった。 「!」  激痛が顔面に走る。痛みでニーナの動きが止まった瞬間、その首に鞭がかかった。 「かはっ!?」  首をぐぐっ、と締め付ける、スフォリアの鞭。その鞭から流れ込んでくる痛みと息苦しさに、ニーナは喘ぐ。 「痛っ……ぅ、ぐッ……!」
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