第二十九譚 私にとっての負け

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 その姿を見て居ると、その姿を目に収めていると、なぜか途方もなく悲しい思いがこみ上げてくる。  勝手に零れ落ちていく涙をニーナが拭えずにいると、千寿が屈んだ。そしてその左腕をす、とニーナに向かって伸ばしてくる。 「嫌だよ……」  差し出された千寿の腕。その腕に向かって、ニーナは手を伸ばす。痛みで動かない、動きたくないと必死に抵抗するその手を。 「一人は……嫌…………」  流れ落ちた涙が、横に落ちる。  心が折れるのはもう、直ぐのことだ。       ◆◆◆ 「っ────」  フィノに向かって一直線に振り下ろされる刃。ダミアンが目を細めた直後、上に乗ったソラを見つめていたフィノが、その左腕を振るった。  真っ黒い炎を纏わせて振り下ろされた一打。いくら傷負いに対する一撃とはいえ安直なものだ。ソラが避けられないはずはない、と雷斗が眉を寄せたその時だった。  ぶわっ、と。黒い炎と共に、【何かがかき消された】。 「────」 「!?」  ダミアンが息を飲む中、隣に立つ雷斗が驚いて目を見開いた。そんな彼らの目の前でフィノが立ち上がり、その体についてしまった土ぼこりを指で払う。 「……?」  ダミアンが事態を飲み込めずにあたりを眺める。今、何かが【かき消された】感覚がしたが……? 「何が、起き…………っ!?」  驚いていると、同様に事態を飲み込めていない雷斗が目の前の光景に驚きの声を上げた。そしてその幼い顔立ちに浮かぶ二重の双眸を、これでもかというほど大きく見開いた。  先ほどまで地面に倒れていたはずのグリムリーバー達。その姿が無かったのだ。そしてそれは先ほどまでフィノに乗りかかり、ナイフを振るおうとしていた血だらけの是堂も同じだった。 「どういう……ことだ?」  ダミアンが小さく呟いた、直後。  クシャッ、と、枯葉が崩れ落ちる音が響く。驚いて顔を上げたその先にいたのは。 「……ジャンヌ?」  ダミアン達の前に立っていた人物。それはダミアンもよく知る人物、ジャンヌだった。地球から帰ってきた時と同じ服装をして立つ彼女だが、纏う雰囲気は平和ぼけしてしまったものではなかった。彼女と同じグリムリーバーでも、畏怖を覚えそうなほど。  そう……誰もが自分が一番と思っている失楽園の民にとって、唯一手を伸ばしても伸ばしても掴み切れない存在……【夜空】のように。
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