第二十九譚 私にとっての負け

43/67
前へ
/1802ページ
次へ
「よくやったな。途中まで完全に騙されていた」  そう言ったのはフィノだった。騙されていた? その言葉にダミアンは何が起こっていたのかを理解する。一方で隣にいる雷斗はまだ分かっていないようで、目を丸くしていた。 「あんた達が見ていたのは途中から幻覚だったのよ。雷斗。手、見てみなさい」 「────え」  雷斗が驚いて手元を見る。彼がジャンヌだと思って抱きしめていたもの……それはジャンヌの形をした氷があった。酷く冷たくなってしまっていると思っていた彼女の体は【氷】だったのか。僅かに毒を纏うその氷の感触は、冷たさと固さが緩和され、まるで本物の人を抱えているようだった。  雷斗が驚いて手を離すと、氷が地面にぶつかって壊れる。 「……どういうことだ? 先ほどまでのは────」 『全く……人がボロボロになってるのを呑気に見てくれたものですね』  ダミアンが眉を寄せたその直後。耳に声が響いてきた。反射的に耳に触れると、そこにはロギスモイ軍の連絡用イヤーカフスがついていた。その向こうから聞こえてくる声はダミアンにとって聞き覚えのある声で、しかしこのイヤーカフスから聞こえるべきものではない声。 「……ソラ」 『是堂と呼んでいただけますか? ダミアン様』  イヤーカフスの向こうから聞こえる声は言葉こそ強いものの、僅かに咳き込んでいた。ロギスモイ軍【憤怒】隊長、ソラのものだ 『悪いですが貴方達が幻覚を見ている間に全員移動させて貰いましたよ』 「……。お前、血反吐吐いてるのか」  ソラの声から聞こえる血の絡みつくような声に、ダミアンは思わず呟く。 『当たり前でしょう。右半身潰れてるんだから。今めっちゃ痛いですよ』 「……」  潰れているのは幻覚ではなかったのか。自分ならそれだけの痛みを負いながら平然としていられる気はしないな、と思いつつ、ダミアンはフィノの方を見る。 「どうやら逃げられてしまったようですが?」  ダミアンが言うと、フィノは振り向かずに口を開いた。 「見つけ出して捕らえろ。【彼】も向かうだろう」 「…………。分かりました」  彼。フィノの言葉が指し示す人物は誰なのかダミアンには分からない。しかしフィノの命とあれば、疑問や疑念があろうともロギスモイ軍は動かなくてはならない。ダミアンは思考を止め、ジャンヌをちらりと見る。
/1802ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加