第二十九譚 私にとっての負け

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 そこにいる彼女はダミアンのことなどまるで見てはいなかった。いつもどこか抜けていて、天然が板についているようなジャンヌ。しかし今の彼女が見せているのはダミアンの全く【知らない】ジャンヌだった。  己の信念のみで突っ走っていた時とも、複雑な感情で混沌としていた時とも違う。淀みのない、【誰かを想える】瞳だった。 「……」  だからこそ知りたい。知らないから。分からないから。こんな妹を俺は、知らない────。 「…………」  頭の中に浮かぶ欲望。それを今日は止めてくれるものが居ない、ということを思い出して、ダミアンは葛藤を押し出すように大きく息を吐いた後、その場から走り出す。 「聞こえていたか? ソラ」 『えぇ。聞こえていましたよ。こちらに来るつもりですね。あとソラって呼ぶなっていったの聞こえませんでした?』  イヤーカフスの向こう側に居るソラに尋ねると、彼が答えた。その声はいつもホラーハイズ邸で兄を諫め、罵倒する雪做の声に代わりない。彼がソラだという実感が今一沸かなかった。 「否定しないんだな」 『すればするだけ貴方の【興味】を煽るだけでしょう。標的にされては敵わないんで』  標的。ホラーハイズ邸の家人である雪做なら知っていてもおかしくはないが、その口ぶりはうわさや雰囲気だけで知っているという様子ではなかった。確かにこうもあっさり暴露されてしまうと興味がそそられなくてつまらない。  尤も彼が本当にソラなら、彼の言葉通り意図してそうしているのだろうが……。  こちらの路線から彼に食って掛かるのは難しそうだ。  と、なると……。 「さっきの言葉はお前自身から出てきたものか」  ────妹に刃を向けた時点で! まともに生きられるわけがないだろうがッ!!  ダミアンは後半の言葉は聞き流して問う。その壮絶な叫びは僅かにだけ、ダミアンの心を揺さぶった。 『……。ソラって呼ばれるより不快な質問をしてくれましたね。言っておきますけどこっちに来たらボコボコにしますから』 「満身創痍でよく言う。石でもぶつけたら死にそうだったぞ」 『当たるかよ』  段々と苛立ちのボルテージが上がってきたらしく【ソラ】らしくなってきた彼の声に、ダミアンは本当に彼がソラなのだと実感した。  しかし。レイチェル王立公園を後にするまではいいが、そこから彼らをどうやって探したものか。
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