第二十九譚 私にとっての負け

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 それはある意味、地球の夜景と何ら変わりないのかもしれない。確かに柩見村ではそうそうみられる景色ではなかったが、唯臣も夜景というものは何度か目にしたことがある。  だが、目に映ってきた光景は全くの別物だった。黒い絵の具をべた塗にしたように広がる空。雲という概念をこの世界の民は知っているのだろうか、と思うほど、そこに色は無かった。ただ空虚で、しかし何にも穢されない空。  その空に星は僅かにしかなかった。いや、唯臣の瞳だからこそ視認できていると言った方が正しいかもしれない。地上……【失楽園】と呼ばれるのであろう世界が放つ灯は、その空の【輝き】を食い千切り、消し去っていた。  【失楽園】はまるで、空が逃げられないように掴む足枷のように。【空】はまるで失楽園を覆い飲み込むように。世界は簡単にひっくり返せてしまいそうで、けれどそこに足がついている。いや……ついているのは足なのか? それとも、【枷】? 「…………。これが……失楽園」  これが……蜜乃の生きる世界。  話は聞いていた。太陽のない世界だということも、そして【死神】の意を持つグリムリーバー達の世界だということも。  だが想像していたよりも失楽園はずっと整頓されていた。暗いことが当たり前の世界だからだろうか、中心地と思われる箇所以外でも灯が等間隔に設置されているようだった。勿論真っ暗で、空と変わりない場所もあるが……。 「どうだ? 感想は」  飛んでいるのか、跳んでいるのか。少し勢いを緩めたのだろうその歩みのおかげで唯臣はあたりをしっかり眺めることができた。 「思ったより……【分かる】世界だな、って思う」 「ほう。分かるか」  悪魔の問いに唯臣が答えると、彼は意外にも茶化しては来なかった。唯臣の意見を聞き、ふんふんと頷いていた。 「お主……何の違和感も感じていないようだな?」 「……違和感? 何の?」  悪魔の言葉に唯臣は眉を寄せる。あたりが暗くなったおかげで、空を飛んでいる感覚がなくなり先ほどよりは恐怖感が薄れたけど……と思っていると。 「このファントムの空気はどうかね?」  空気? 唯臣はその言葉に、深く深呼吸してみる。肺にため込まれていく空気。それはいつの日かキャンプついでに森林浴を家族でした時のような、さわやかさだった。 「なんか……良い空気だな、って思う。地球と違って汚染されてないのかも」
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