第二十九譚 私にとっての負け

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 唯臣が言うと、悪魔は数秒答えなかった。彼もまた大きく深呼吸をしていた。 「そうだな。その点に関しては主に同意しようぞ」  だよなー、と思っていると。突然悪魔がその前足に力を入れた。  なぜそれが分かったのか。それは唯臣が【狼】になっているときに入れる力の入れ方と似ていたからだ。反射的に唯臣の体も強張る。 「急ぐぞ。どうやら【マエストロ】が危うい」 「マエ……何? っ、うわ!」  急に加速した悪魔。唯臣が慌てて鬣にしがみ付くと、悪魔は大きな咆哮を上げ、その全身をバネのようにして大きく跳ね上がる。 「寒ッ!?」  風が突き刺さるように吹き抜けてくる中、唯臣はその全身を震わせる。思わず狼化しそうになった自分を諫めながら顔を上げると、視界の中で流れ星が無数に過ぎ去っていく。  いや。それは流れ星ではなかった。流れ星のように錯覚した光は、失楽園にある灯だった。高度が思ったよりも下がってきていたのだろう。悪魔は建物の間をすり抜け、時に屋根を蹴り上げて走っている。  バンッ、と音を立てて悪魔が大きく飛び上がった。大きく流れていく灯。それが本当の流れ星のように唯臣の瞳の中で煌めいたその時。 ────────『どうして私が貴方に頼みごとをしないのか、分かる?』────  まるで流れ星が見せた映像とでも言う様に。ふっ、と。頭の中に過った声。それは唯臣が聞いたことのない話で、しかし聞き覚えのある声で発せられた言葉だった。  この言葉が聞こえてきた先。それは唯臣を今乗せている……悪魔から?  唯臣は思わずその背中に指を滑らせる。ちくちくとした硬い悪魔の毛の下には、柔らかくも冷たい皮膚があった。動物に触れるのとはまるで違うその感触に、唯臣の体にぞくっ、と恐怖が走り抜けたその時。 『それは知らぬ。だがお主がもう【行きたい場所】を見つけていることは知っておるよ』────  また新しく、唯臣に言葉が聞こえてきた。耳から聞こえてくるのではない。これは直接頭の中に伝わってきている……。 ────『ふふ。さすが、悪魔ね。じゃあこれも答えてくれる?』  確かに聞こえてくきている、よく知った少女の声。いくつもの流れ星が頭の中に入ってきているように、目の中で光が、頭の中で言葉がチカチカと瞬く。 ────『私、どこに行きたいと思う?』────
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