第二十九譚 私にとっての負け

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 スフォリアが鞭を投げ捨て、剣を引き抜いた。鞘から金属が引き抜かれる、涼やかながら恐ろしい音が響き渡る。スフォリアはその剣を、唯臣の喉元目掛けて一閃に振るう。  だが、そんな感情に任せたスフォリアの動きを唯臣は読んでいた。スフォリアが剣を振るうよりも早く横にそれた唯臣は、剣に爪を滑らせたかと思うと、その腕力で掴み上げたのだ。 「スフォリア!?」 「……な」  アレンが驚愕の声を上げる横で、ジップコードも驚きで声を漏らした。  あの少年が、スフォリアの剣を止めた? 「は……ははっ……」  これは。 「面白いことに、なってきたさ……」  ジップコードが呟く。だがその顔は悦びとはかけ離れていた。  ────この、【化け物】。  【火刑者】で【処理】できるのか?  その唯臣の瞳が。ぎょろり、と、ジップコードの方を見た。 「────っ」  獰猛な黄金の瞳。  感情をむき出しにした、酷く野性的な瞳。だがその裏にある無情な人間性が垣間見える瞳だった。 「グルルルル……ゥオゥオンッ!」 「うわっ!? な、なんさ!?」  突然吠えかかってきた唯臣に、ジップコートが驚いて叫ぶ。驚いて顔を上げた先にあったのは、およそ人間とは思えない唯臣の顔だった。鼻に酷く皺をよせ、歯茎をむき出しにして呻るその様はまさに狼だった。  その唯臣が突然、ジップコードに向かって何かを投げつけてきた。驚いて思わずそれを弾こうとして────気付く。 「っ?! 姫さん!?」  唯臣が投げつけてきた人物。それは彼が助けようとしていたであろうニーナ・グレーテルその人だった。  反射的にジップコードはニーナを抱きとめる。【天使】としての力を使っているからだろう、彼女は普段の黒髪からは想像のつかない真っ白い髪をしていた。睫毛や産毛までもが白くなったその顔は神秘的で、力を失い蒼白となっている様が更に脆い美しさを助長していた。  しかし、なぜ唯臣は彼女を投げつけてきたのか? 抱きとめられていなければ、意識のないニーナが地面にぶつかって大怪我をする可能性もあった。まぁ、彼の足の速さなら追いつくことは可能かもしれないが……。  ……いや? 追いつく?  そもそもどうして彼は────【空中】にいる? 「っ!?」
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