第二十九譚 私にとっての負け

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 【今回の祇原神也】が【魔女】として覚醒するのは、最早決定事項と言ってもいい。そしてそれは魔女にとって最大の好機であって、逆に最大のリスクでもある。  今回の【覚醒】が失敗したら? 【祇原神也】を作り上げるために魔女が使った労力は全て無と帰す。【魔女が存在する】という事実が、今まで以上に【世界】に認知されてきたのだ。今まで認知されていなかった脅威が【認知される】。────排除の対象として。  そして世界が切り札として利用するであろう存在が、この少女、ニーナ・グレーテル。  彼女を失えば、【火刑者】達が解放される可能性は一気に低くなる。それは勿論、ジップコードとしても避けたい。  だが、その希望はあまりにも小さい。魔女という存在が強大すぎるがゆえに。  そんな希望のために……しかし唯一の弾丸のために、魔女に敵として認識されるかもしれない行動を、とれと? 「ははっ……【獣】みたいな顔して、随分【理性的】に動くじゃんー……?」  ジップコードの頬に冷や汗が流れる。恐らく魔女もこの選択肢が現れることに気づいていただろう。それが今回かは分からないが、いつかの時点で必ずジップコードに尋ねてきたはずだ。  僅かな可能性にかけて、茨よりも恐ろしい毒の道を歩むのか。  それとも引き返せない茨の道を、立ち止まれずに歩き続けるのか。 「ウヴヴヴッ……」  ジップコードが迷っていると、決断を急かすように唯臣が唸り声を上げてくる。その声の主にちらりと視線を向けた後、ジップコードは迷いと魔女への恐怖に押しつぶされそうになりながら、笑う。  嗤う。 「チッ……仕方ないさ。乗ってやろうじゃん?」 「────え? ジップコード!?」  ジップコードがニーナを抱えたまま飛び上がった瞬間、それを見たアレンが天を仰ぎながら目を見開く。だがジップコードはある一定の高さまで飛び上がった後、動きを止めた。  ぴたりと止まったその羽に、唯臣が、アレンが、見上げてくる。ジップコードはばさり、と一度滞空のため羽を動かすと、唇を歪めた。 「ただし。俺っちにできるのは、安全圏に留めておくことまでさー。あんたが負ければ魔女のシナリオ通りに事は進む。それで文句はないさー? 亞空のご当主」
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