第二十九譚 私にとっての負け

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 頭の中に蘇ってくる、自分の敗北。私は勝てなかった。頑張ろうとして、やり遂げようとして、勝とうとして。けれど力が足りなかった。及ばなかった。私は、膝をついた────。 「負けたの?」  ニーナが呟くと、背後の声がそう言った。その声を聞いてニーナは振り向く。  背後にあったのは、コンクリートの壁。そこに座る一人の少女が声を発していた。  見慣れた病院服、骨と皮でできた腕と脚、骨が浮き出る首元、血色の悪い顔。肩口で揺れる髪をふわ、と動かしながら、彼女は口を開いた。 「本当に蜜乃は【甘い】よね。思わず蜂みたいに群がって、吸いつくそうとしちゃうところだった」  天使のようにかわいい顔で囁かれる、悪魔のような言葉。彼女がその言葉一つ一つを発する度、ニーナの心臓が熱く、動悸する。  まるで彼女とニーナが【同期】しているように。 「こんなに我慢してあげたんだから……褒めて欲しいよ」  水にぬれた指先を眺めながら、少女が呟く。その水は一見ただの水のように見えて、彼女の指先から零れ落ちる水は何かを湛えているかのように、煌々と輝いていた。星屑を蓄えたような、あるいは感情を詰め込んだような。  ただ綺麗と呼ぶにはどこか哀愁の漂う水を指先から払いながら、少女はコンクリートの壁にその指先をゆっくり下す。灰色のコンクリートが水を含み、黒く染まった。 「言ったはずだよ、蜜乃。私は蜜乃に悪【役】になってほしいって」 「……」  少女の言葉に、ニーナはついていた膝を上げる。酷く曇っていた頭が、まるで炭酸水でも浴びたかのように晴れていく。  【私】の中を蝕んでいた【何か】が、水を引いて消えていくように。 「【貴方を受け入れないで】……そういうこと、なの? ────千寿」  千寿が死んでからのこの一か月強。ニーナの感情は普段に増して酷く不安定だった。千寿を失ったこと、唯臣と仲違いしたこと、四天王としての地位にとどまる、ただそれだけのために大勢を殺めたこと、過去を追想しながら生き残るために手段を択ばなかったこと。  だが、その全てをニーナは今までなら乗り越えられたはずだ。いや。乗り越えられてはいない。ニーナは全ての痛みを、苦しみを引きずっている。だが少なくとも人前で感情を揺さぶられることはない。それがニーナにとっての武器で、そして【戦乙女】と蔑まれる理由だ。 「貴方が私に……入り込みかけていたのね」
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