第二十九譚 私にとっての負け

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 綺麗なようで、実は鋭い角のある星屑。【良い】星屑と【悪い】星屑が無数に入り混じった水は、感情の海だった。  ニーナの言葉に、千寿がふふ、と笑って両手を顎に当てる。そのわざとらしいまでに愛嬌のある仕草が伝えてくる。  彼女はどうしても、【愛されるために生きている】と。 「ふふ。楽しかったよ? キレて苛立つの。あぁ、悪意ってこうやって振りまくんだ、って。死んでからも学べるんだね」  そう言って笑う千寿。だが、ニーナには分かっていた。  ────そう思って良いと、貴方は言ってくれるのね。  千寿の笑顔。それを目に焼き付けながら、ニーナは瞼を閉じる。 「……いいえ。それはないわ。だって貴方はやっぱり……死んでいるんだもの」  声が微かに震える。瞼を開きたくない。目の当たりにしたくない。  彼女が居なくなったという現実を。 「死んでいる人間にできるはずがない……怒ることも、苛立つことも。貴方はそんな感情を浮かべられる未来を捨てて、安寧を選んだんだから……」  ニーナの閉じられた瞳の先で、千寿は笑っている。笑っているはずだと、ニーナは信じている。信じていた。  それは千寿が私に残していった【魔女】とは違う。彼女が残していった、もう一つの【置き土産】だったのだろう。  ニーナが苛立ち、憎み、怒ったとしても。  それは千寿のせいであると、思えるように。  分かっていたのね。私が誰より貴方の死を認められないであろうことを。認められなくても生きていけるように、貴方はしてくれたのでしょう。  つう、と、涙がこぼれる。 「どこまで行っても貴方は、【優しく】しかいられないのね。────わたしが、そうさせたのね。……ごめん」  ニーナは目を開く。そこにいた千寿は────水。  丸い星屑も。角張った星屑も。そこに千寿はいない。全ては私の感情。それをまるで【千寿がいる】かのように見せかける世界を、彼女は残していった。  【魔女】を倒したい私のために残した、【魔女の一部】と共に。  魔女を残したのは私のため。千寿のせいにできる世界を残したのも私のため。苦しみをあたかも八つ当たりのようにぶつけてきたのも、私が悲しまないようにするため。  【私】でさえ。  貴方に悪意を抱かせてあげることは、できなかった。
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