第二十九譚 私にとっての負け

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「負けていないと思えるためにはあと少し……強くならなきゃね?」 「…………うん」  拒絶される勇気。嫌われる勇気。誰かを傷つける勇気。  だけどそれは結局、勇気ではなかった。自分が傷ついたときの言い訳。  例え嫌われようと、拒絶されようと、自分は耐えられるから。そう思って誰かを傷つけて生きてきた。拒絶して生きてきた。それが、強さだと思っていた。  どこまで拒絶に耐えられるのか。嫌われて生きていけるのか。傷つけていられるのか。  その指標は全て、他人任せ。負けの基準を、私は今まで全て他人に求めて来ていたのと同じ。  それは結局、【他人】へ恐怖を抱いていることに他ならない。私は戦う前から、負けが見えているのだ。そしてその負けに向かわせているのはほかならぬ自分自身。想いを隠し、凝り固まった偏屈な感情で自分自身を追い詰めて。  私が持つべきだったのは、他人に対する勇気ではない。  私自身を認める、勇気だ。  私自身が、私を認めていられれば。どんなに他人に嘲笑われようと、貶められようと、それはきっと……負けじゃない。 「愛して【いた】わ、千寿。本当に」 「うん、知ってる。でも過去形なのね?」  ニーナの言葉に、千寿がふふふと笑う。ニーナは頷き、目を開いた。紅茶色の瞳が捕らえたのは、広大に広がる水と、煌めく水面と、そして、空白。  そこに【過去の想い】はある。だが、【彼女】はいない。彼女の未來はもう、ない。 「貴方の死を私は認める。貴方がもういないことも。貴方がもう私を救ってくれないことも。でもそれでいい。私の中で貴方は消えない」  だからこそ思う。私が貴方に対して背負っていく感情は、愛ではない。  ────【信頼】。心からの、全ての。  私の一部は貴方でできている。貴方のくれた言葉で、温もりで。それはきっとなにより、尊いものだから。  だから告げよう。今度こそ。目を逸らさずに……。 「貴方の生き方も、くれた言葉も全て信じてる。だから……前に進める」  閉じた瞼。涙で濡れていた睫毛が頬に触れた。 「ありがとう。私の笑顔を見たいと言ってくれて」  水が引いていく。浸っていた生ぬるさが消え、水にぬれた体が徐々に冷えていく。  それでも心は、温かい。  ここで目を醒ました時よりも、ずっと。 「さようなら。千寿[私の契約者]」
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