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「負けていないと思えるためにはあと少し……強くならなきゃね?」
「…………うん」
拒絶される勇気。嫌われる勇気。誰かを傷つける勇気。
だけどそれは結局、勇気ではなかった。自分が傷ついたときの言い訳。
例え嫌われようと、拒絶されようと、自分は耐えられるから。そう思って誰かを傷つけて生きてきた。拒絶して生きてきた。それが、強さだと思っていた。
どこまで拒絶に耐えられるのか。嫌われて生きていけるのか。傷つけていられるのか。
その指標は全て、他人任せ。負けの基準を、私は今まで全て他人に求めて来ていたのと同じ。
それは結局、【他人】へ恐怖を抱いていることに他ならない。私は戦う前から、負けが見えているのだ。そしてその負けに向かわせているのはほかならぬ自分自身。想いを隠し、凝り固まった偏屈な感情で自分自身を追い詰めて。
私が持つべきだったのは、他人に対する勇気ではない。
私自身を認める、勇気だ。
私自身が、私を認めていられれば。どんなに他人に嘲笑われようと、貶められようと、それはきっと……負けじゃない。
「愛して【いた】わ、千寿。本当に」
「うん、知ってる。でも過去形なのね?」
ニーナの言葉に、千寿がふふふと笑う。ニーナは頷き、目を開いた。紅茶色の瞳が捕らえたのは、広大に広がる水と、煌めく水面と、そして、空白。
そこに【過去の想い】はある。だが、【彼女】はいない。彼女の未來はもう、ない。
「貴方の死を私は認める。貴方がもういないことも。貴方がもう私を救ってくれないことも。でもそれでいい。私の中で貴方は消えない」
だからこそ思う。私が貴方に対して背負っていく感情は、愛ではない。
────【信頼】。心からの、全ての。
私の一部は貴方でできている。貴方のくれた言葉で、温もりで。それはきっとなにより、尊いものだから。
だから告げよう。今度こそ。目を逸らさずに……。
「貴方の生き方も、くれた言葉も全て信じてる。だから……前に進める」
閉じた瞼。涙で濡れていた睫毛が頬に触れた。
「ありがとう。私の笑顔を見たいと言ってくれて」
水が引いていく。浸っていた生ぬるさが消え、水にぬれた体が徐々に冷えていく。
それでも心は、温かい。
ここで目を醒ました時よりも、ずっと。
「さようなら。千寿[私の契約者]」
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