第二十九譚 私にとっての負け

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 地球に比べて、失楽園の空気は遥かに毒を多く含んでいる。だが、それは全て他人が生成した毒だ。通常、毒がある環境と言えどもそれを取り込んで自分の力とすることは容易ではない。  だが、ジップコードの仮説はほぼ、間違っていることはないだろう。  なぜなら唯臣の悲鳴と比例して、彼の中にある毒が顕著に膨れ上がっていくからだ。その絶望が、痛みが、苦しみが。毒の構成物として、養分として。無機質にも、感情的にも。  堕天使でも、グリムリーバーでも見たことはない力。自然に生き、自然と共に走り、自然と共に朽ちていく狼だからこそ。環境というものに大きく作用され、そして如何様にも環境に適応することができるのだ。  そう……この救いのない世界に、彼は適応した。適応してしまった。 「これは流石に……」  ────【可哀想】だな。  ジップコードの目にうっすらと、同情の念が漏れる。魔女という楔に囚われている火刑者と同じように、狼人間という化け物に囚われている唯臣。彼の姿は遠い日の自分に……いや、ある意味で今の自分にさえ被ってしまった。  その姿からは最早、【終焉】しか見えない。だが、狼化した先代が目の前で殺されるという悲惨な体験をした彼は、歴代の当主たちに比べても狼化することを恐れ、拒絶していたと聞く。  一体何が。  彼をここまで、駆り立てている? 「ァ……ア……ァアアアァアアアアッ!」  ケルビムから悲鳴のような声を上げて飛び上がった唯臣。その声は痛みを堪えているようにしか聞こえない。  だが、だからこそスフォリアとアレンは戸惑っているようだった。唯臣は追い詰められているのか、それともその力を増しているのか。  ジップコードはその答えを知っている。  両方だ。 「スフォリア! 下がって!」  嫌な予感を感じたのだろう。スフォリアの前に飛び出たのは、アレンだった。そのアレン目掛けて、唯臣が獰猛な牙と共に鋭い牙でアレンへ襲い掛かっていく。 「っ! オルダー、避け……!」  唯臣の鋭い牙と爪を受け止めようとしたアレンに、ジップコードが叫びかけたその時。  とんっ、と。ジップコードの胸板を、何かが押した。 「────」
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