第二十九譚 私にとっての負け

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 アレンが降下する二人を追ってくる。唯臣が振り向いてその姿を目にしたのと、蜜乃が筒形の物を取り出したのは同時だった。彼女はそれの安全ピンと思わしき部分を歯で引き抜くと共に、唯臣の頭を腕で押さえる。 「小さい男は嫌われるわよ」  ブンッ、と唯臣の耳元で音が響く。飛んできた物が爆弾だと思ったのだろう、アレンが羽で爆風を防ごうとしたその時だった。 「うっ!?」  アレンが突然、悲鳴を上げた。それは爆発などで怪我を負った、という声には聞こえない。頭を押さえる蜜乃の手が離れたので顔を上げてみると、そこには目を押さえる堕天使達の姿があった。 「いッ……てぇッ……!!」  目を強く押さえるアレン。その頭上で、スフォリアも目を細めていた。遠くにいたジップコードでさえ、目頭を強く押さえている。唯一目を瞑っていた砂糖だけは、不協和音の讃美歌を歌い続けていた。 「な……何し……タン、グ、ゲホッ!」  唯臣が驚いて聞こうとして、上手く言葉を発せられずに咳き込む。エデンに辿り着いた蜜乃が唯臣を座らせると、その背中を摩った。 「スタングレネード。閃光弾よ」 「せ……閃光、だん……? なんデ……そんな、もの……」  唯臣の言葉で、蜜乃がスカートに手を伸ばす。太腿に巻き付けられたベルトポーチから取り出されたのは、筒状の閃光弾だった。閃光弾には唯臣の見覚えのある狐のシンボルが刻まれている。十五家が一つ炉瓶一族のサインだ。 「下手な爆発物をまき散らすより、光に耐性のない彼らにはこの音の方がよっぽど効きそうだったから。……なんて尤もらしくいってみるけど。残ってたの、これだけだったのよね」  そう話す蜜乃の顔は笑顔ながらにも精悍だった。妙な達観ともまた違う。現実を見極めた強さが見えた、気がした。 「……それより、どう? 話せるようになりそうかしら」  蜜乃の言葉に、唯臣は喉を押さえて何回か咳き込む。何とか人間のそれに治そうとしていると、アレンの声が聞こえてきた。 「こ、のっ……! やってくれるなぁ……!」  その声に、蜜乃が小さくチッ、と舌打ちする。今まで見てきたどの姿よりも感情を見せている彼女に、唯臣が驚いていると。 「唯臣。話したいことが山積み……というより、話し合わなければならないことばかりだけれど。先に一つ、頼みたいことがある」  そう言った蜜乃の瞳は。  青ではなく、赤だった。
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