第二十九譚 私にとっての負け

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 唯臣の言葉に、蜜乃が笑う。その笑顔はいびつで、とても綺麗とは言えなかった。  けれど確かに、伝わってくる。  彼女の、【意志】が。 「いびつで不器用で、完全無欠ではない私の」  さら、と彼女の黒髪が揺れる。黙っていれば。すましていれば。見下していれば。拒絶していれば。作り物のように美しい彼女が、【意志】を見せて。 「【諦めない】という意思を」  綺麗に生きることはできるだろう。作り物のような人生を描くこともできるだろう。しかし彼女はそれを選ばなかった。傷つき誤り、そして【負ける可能性のある】道を選んだ。  【負けない】ために。  千寿が歩めなかった道の続きを、進もうとしている。 「私はひとりでは生きられないから。だから恥も醜聞もかなぐり捨てて、足?くわ。それが私の……諦めない[負けない]という意思」  一人では。  その言葉で、唯臣は気づく。  唯臣の手を汚させないと彼女は言った。それでも彼女は唯臣に契約者になってほしいと言ったのだ。  彼女が求めているのは、唯臣が争いの世界に入り込むことではない。  一人で抱えきれない現実を。支えられずとも知り、見守ってくれる存在だ。  あぁ。俺も、そうだ。  俺も……きっと、千寿を失った悲しさだけであそこまで放心していたわけじゃない。  一人になる恐ろしさが。これから心の支えになると期待していた依り代が失われた恐怖が。そんな身勝手な弱さで、動けなかったのだ。  そのことに気付いた瞬間。張り詰めていた心が、壊れそうになっていた心が、一気に力を失う。  ────ふふ。お兄ちゃんったら、だっさいのー。  千寿が近くで、きゃらきゃらと笑っている気がした。 「……ちえ。なんだよ俺達、ただただかっこ悪いだけじゃん……」  俺たちは互いを救うことはできない。魔女の宿命に巻き込まれる蜜乃を救うことはできないし、蜜乃もいずれ狼化し処刑されるしかない唯臣の運命を変えることは、できない。  けれどそれを俺たちは、1人では抱えきれないから。
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