第二十九譚 私にとっての負け

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 知ってほしい。見守ってほしい。背中を預けられずとも、隣に立っていて欲しいのだ。  唯臣の言葉に、ニーナが笑う。遠くから音が聞こえてくる。刃が二人に向かって振り落とされる音だ。 「私達がかっこいいわけないでしょ? 千寿の死でギャン泣きしておきながら今更どうやっても格好つけられないわ」 「そうだな」  崩壊した【エデン[楽園]】の中で。  交わされた笑顔。  それは歪で、綺麗や正解とはかけ離れていて。結局はお互いの弱さから救われるためだけの浮き輪だ。現実という海の中で互いに掴みあって、徐々に溺れて死んでいく。ほんの少しだけの安堵と、仮初の希望と救いのためだけに。  だが俺たちはそれでも求めている。格好良くは死ねない。辛さに悲鳴を上げて、喘いで、拒絶して。でもそれで……いいじゃないか。 「じゃ……格好悪く、足?いてやりますか」 「ええ」  唯臣の言葉に、蜜乃が悪い笑みを見せる。  ぶわっ、と、溢れ出したのは、薔薇色の毒。唯臣が見ないようにしていた、見ないようにと言われていたグリムリーバーとしての彼女が、姿を現す。その姿は神々しい神の使いとはまるで違う。神は神でも唯臣の毒を、肉体を、精神を、命を食い潰す【死神】そのものだ。  その禍々しさに唯臣の狼としての本能が震える。勝てない相手、近づいてはいけない相手だと訴えてくるのだ。  ……そう。この手を掴めば俺はもう引き返せないだろう。  だけど俺は────引き返すことを望んでいるのか? 「唯臣。貴方はその身と心と引き換えに、死神[私]に何を望む?」  狼。お前の言うことは聞かない。例えいつかは抗いきれずに食い潰されるのだとしても。俺はお前に殺されつくされはしない。  ────俺の望み。それは。  唯臣が答えを頭に思い浮かべると、蜜乃の薔薇色の毒が反応したように唯臣の左腕へと向かってくる。  左腕に走る痛み。薔薇色の毒が唯臣の左腕に巻き付いてきた。それは焼印を押すように、縛り付けるように、痛めつけるように。だが、その痛みは妹が負ってきた痛みとは比べ物にならない。  俺は知るべきだ。俺は報いるべきだ。  救っているつもりで、救ってくれていた妹へ。 「格好悪い契約者を、1人」  ────頑張ってね、二人とも。  小さな笑い声と共に。頭上に流れ星が瞬いた。
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