第三十譚 乖離の空

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The Present time†Unknown ─────────────────────── The inside of a prison 「私は新しい契約者を得た。これが正しいことだったのか、今でも分からない。けれど私にとっては正しいことだったと思っている。……でなければ私は生きていけなかっただろうから」  その言葉が聞こえてきた後、響き渡ったのは一つのため息だった。  一体何日が経過したのだろうか。  最初は日にちを数えようと思っていた。しかし昼夜のないこの部屋では、時間を数えるのはあまりにも困難だった。  それになにより私には、正気にものを考える余裕がない。  私にとって唯一の、そして絶対に切り離せない過去が目の前にぶら下がっているから。  ぐしゃり。  読み上げられた後、目の前で潰された紙を、雅は無言で見つめる他無かった。いや……無言で、というより、雅は言葉が無いわけではない。言葉を失っているというのが正しい。 「……はぁ」  ギ、と音を立てる椅子。座っている椅子が動いたせいだった。雅がほんの少しだけでも体を動かすと椅子は音を立てる。生きていることを、責め立てるかのように。  だが、雅の腕を縛り付けるものは寒々しい鉄などではなく、肌を傷つけないように配慮された布だった。尤も力が入らないよう【細工】されたこの体が、大切にされているわけではない。────体? 違う。精神が……だ。 「契約……か」  響いてきた低い声。その声を聞いて、雅の体がびくりと反応する。  雅が布を噛ませられた顔を上げると、逆光を浴びる青年がバタン、と乱暴に本を閉じた。その本の表紙には、手書きで書かれたのだろう【diary】という文字が見える。先ほど彼が握り締めたページが歪み、本にいびつな隙間が出来上がってきてしまっていた。  その文字に雅は見覚えがあった。自分の文字と酷似した文字。書き主が雅ではない以上、残るは恐らく、1人しかない。そしてその日記を、雅の目の前にいる青年は淡々と、冷たく読み上げ続けていた。  低く、冷酷で、感情のない声で。 「なぁ。どう思う? この日記」  横を向いた青年が雅に問うてくる。だが問われても雅は何も答えられなかった。答えようにも、声を発せられないから。 「……あぁ、本当。閉じ込めておけばよかった」
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