第三十譚 乖離の空

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 コトン、と音を立てながら本を窓際に置くと、青年が近づいてくる。その足音が一歩一歩近づいてくる度、雅の体が強張った。  コツ。雅の目の前でその足音が止まる。逆光でよく見えない青年の顔だが、雅にも一つだけ分かることがあった。 「今みたいにな」  見下ろしてくる双眸。その瞳が酷く、恐ろしく、悲しいまでに金色であることだけは……。       ◆◆◆  ガチン、と。  世界のピースが一つ、歯車が一つかみ合ったかのように。世界の空気が変わった。 「……」  その空気を感じた翡翠色の双眸が、天をす、と仰ぐ。暗闇だけの夜空の中に通り抜けたのは、色のない空気だった。  そうか。もう一人じゃなくなったんだな。  僅かに蜂蜜と煙草の香りがする風。申し訳程度に知らしめてくるその風は、しかし確かに存在していた。  これで僕もようやく子離れができる。  そして過去とも……。  耳を擽ったその風を追う様に見つめた後、男────メメディ・グレーテルは前を見た。 「……っ……」  支え合うように立つ、4人の被験者達を。 「グレーテル……様……」  メメディの姿を見て、レオ・バグレイを強く抱きしめたままのサイトバラ ッド・アバンチュールが小さく呟いた。その声には焦燥や動揺と共に、拒絶も混じっている。  是堂雪做、サイトバラッド・アバンチュール、灰被、ファウスト。彼らは被験体の中でも最後まで自我を保った数少ない【成功者】達だ。尤も彼らにとってそれが成功であったかどうかは問うまい。  彼らに憎まれ、嫌われていることをメメディは知っている。故に今更取り繕うつもりはなかった。 「君たちには悪いことをしたと思っているよ。サイトバラッド君、是堂君……それに他のみんなにも、全員に」 「まさかあの男[フィノ]が言う【男】が貴方とはね……」  メメディの言葉とは真逆に、敵意を露にした様子の雪做。サイトバラッドも同じように、強い拒絶の意志を向けてきている。それは当然のことだろう。メメディも当然のことながら甘んじて受け入れるつもりだった。  グレーテル一族の城の地下。そこに巨大な実験場があることは、メメディも認知していたのだから。  動揺が拭いきれていないファウストや灰被をかばう様に立つ二人に、メメディが歩み寄る。今にも二人が襲い掛かってきそうになったその時だった。  ざりっ、と。一触即発の三人の後ろに、1人の人物が現れた。
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