第三十譚 乖離の空

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「しかし……フィノ様のためでないとしたら、一体何のために貴方はこちらに? 隠居されていると母からお伺いしておりましたが」 「あぁ。ちょっとね」  メメディはそう言ってダミアンから目を離すと、被験体の方を見る。サイトバラッドも雪做も酷い有様だったが、特に悲惨なのは雪做の方だった。 「僕は旧い友人……【ファイ】のために来たんだ」 「……?」  メメディの言葉に、ダミアンが眉を寄せる。サイトバラッドが驚きと共に、僅かに警戒を緩めた。一方の雪做は事態が飲み込めないことを良しとせず、更に警戒を強めていく。そんな彼に、メメディは思わずくすりと苦笑した。 「あぁ、駄目だよそんなに動いたら。今治療するから」 「────は? っ、何を!?」  メメディの言葉に雪做が目を見開く中、その手の中に黄金の光が漏れる。【幸福の魔術】……グレーテル一族の持つ能力だ。  雪做が驚いて反射的にメメディの腕を弾こうとしてきた。だがメメディは彼の腕を抑え込むと、そのまま治療を続けていく。メメディに敵意がないことに気付いたのだろう、雪做は動揺を露にしつつも少し大人しくなった。 「ほら、アバンチュール君もそんな警戒しないで。治すから」 事態が飲み込めず、捨てられた子犬のように震えてしまっているサイトバラッドに向かってメメディが言うと、その後ろでダミアンが動いた。 「……何をお考えですか」  背後から聞こえてきたダミアンの声。その声は驚きだけではなく、怒気と猜疑も混じっていた。  当然だ。ダミアンは雪做達を追い詰めるためにここへ来たのだから。そしてフィノから聞かされていた【男】は、彼の味方であると思っていただろう。 「ダミアン君。君の思っていることは間違いではないよ。僕は君の敵ではない」 「……」  メメディの言葉に雪做が眉を寄せる。メメディの腕を振りほどけないと知った彼は潔く黙り込んではいたが、突き刺さるような敵意を浴びせかけてくる。じゃじゃの過ぎる猫のようだ。 「だけどそれが即ち彼らの敵となるわけでもない。ただそれだけだよ」  そう言ってメメディは雪做の腕から手を離す。手を離された雪做はすぐさまメメディと距離をとったが、先ほどまで原形をとどめぬほど酷い怪我をしていたはずの自分の腕を見て呆然としていた。雪做の傷は殆ど痕も残さず治るはずだろう。代わりにメメディの腕は、酷い痛みを帯び始めて来ていたが。
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