第三十譚 乖離の空

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「ていってもねぇ……あの人[星殺砂糖]の歌声、どうしても頭に痛いのよ……」 「んなこと言ってる場合かぁッ!」  唯臣の怒鳴り声に、ニーナは両耳を手のひらで押さえる。そろそろ動かないと別の意味で耳鳴りが酷くなりそうだわ……。ふぅとため息をついて、これからどうするのか思案しようとしていると、唯臣が小さく呻った。 「ま、確かにあの不協和音は嫌ぁな感じだけどさぁ……しかもあれ、讃美歌かよ」  水晶の壁のお陰で砂糖の声が阻まれ、鳴り響いていた耳鳴りが少しは弱くなっていた。だがこのままでは事態は変わらない。何とかして彼らを追い払わなくてはいけない状態は続いているのだが……。 「……ん? 不協和音?」  ニーナは眉を寄せ、同じように音に不快感を覚えている唯臣の方を見る。 「貴方、音楽得意なの? よくすぐに讃美歌だと分かったわね」 「あ? まぁ……柩見村って祇原一族の影響を受けて、信者が多いから。崩架一族の礼拝堂に礼拝する村人とか結構多いし。俺も一時期までは聖歌隊で歌ってたよ」  唯臣が聖歌隊で? そう言えば以前貰ったパーカーも、彼の好きなバンドのライブグッズだと言っていた。音楽好きなのかもしれない。 「一時期は天使の歌声とか持て囃されてたけどさぁ……ま、今行ったらこんな不協和音顔負けの酷さでぶっ壊してやるけどな」  ケケケと悪い顔で笑う唯臣。彼が悪意をぶつけるとは珍しい……と思いつつ、ニーナは思う。 「……唯臣、貴方歌っててくれない?」 「へ?」  ニーナの言葉に、唯臣がぽかんと口を開く。 「歌うって……別にいいけどさ、え、何? あの不協和音を上回れってこと? それなら音を無くしちまった方がいいんじゃねぇの?」  唯臣の言葉に、ニーナは頭を押さえる。 「真空にでもしろと? 別に彼女の声を完全に消す必要はないわ。今一方的に私だけが不快な思いをしてるから、彼らも不快にさせてしまえばいいだけの話なの」  ニーナが唸るように言うと、唯臣がただでさえつり目の瞳を更に吊り上げて怒鳴った。 「お前人の歌不快とかいうつもりか!?」 「あーもううっさい、堕天使にとっては不快なの! 私にとってはいい歌よ、貴方が本当に天使の歌声ならだけど!」  唯臣の怒鳴り声に耳を押さえながらニーナがそう返した直後。視界の端で、ビキッ、と音を立てて水晶に大きなヒビが入った。 「げ、やべっ! 薔薇水っ……」
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