第三十譚 乖離の空

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「これ以上はいいわ」  慌てて補強をしようとした唯臣を、ニーナは止める。唯臣が驚いた後、怪訝そうな表情を見せた。 「いいって、どうすんだよ? 本当に歌えってのか?」 「それもある……けど、もう一つ。貴方から毒を貰うわ。倒れないでよ」 「────」  毒を貰う。その言葉に唯臣は少し驚いた顔をしたが、直ぐに頷いた。妹に関係していたことだけあって、彼はグリムリーバーとの契約について熟知しているのだろう。 ニーナが普段通りの戦いをするためには、通常の人間ならば気が引けるほどの命を削らねばならないが、唯臣は十五家の人間だ。命を削らずとも、ニーナの毒に変換できる毒を豊潤に持っていることだろう。 「分かった」 唯臣が頷いたのを確認したニーナは、左腕に指を這わせた。巻き付いている糸に意識を集中し、毒の流れを作り出すと共に左腕が熱を持つ。 「っ」  同じようにストリングスが熱を帯びたのだろう。唯臣が反射的に左腕を見たのとほぼ同時に、ニーナは彼から抜き取った毒を自身の毒へと変換し、薔薇色の炎を左腕に纏っていた。 「開けゲーティア、ソロモンの小さな鍵を有する我が命ずる!」  ニーナの掌の上に現れるソロモンの書【レメゲトン】。開かれたゴエティアの章に浮かぶ数字に、ニーナは指を滑らせる。 「おいでなさいバルバトス、マルコシアス!」 「!」  ニーナの呼び声に応じるように、手袋の上から填められた銅の指輪が熱を持ち、薔薇色に輝く。唯臣がその毒々しい輝きに目を細める中、ニーナの両脇に悪魔が二体、現れた。  横に現れたのは、天使の羽を持つ狼の悪魔マルコシアスと、4人の王を引き連れた悪魔バルバトス。地揺れを起こすほど激しくその場へ降り立った悪魔に、唯臣がバランスを崩しそうになりながらも踏み止まった。ニーナが召喚した悪魔達を見上げていると、唯臣が慌てて駆け寄ってくる。 「お、おい? 悪魔の横で讃美歌なんか歌ったら毒になるんじゃねぇの?」  自分の常識とは真逆であることを大体理解してきたらしい唯臣の言葉に、ニーナは頷く。 「普通は。でも彼らは元は天使だから大丈夫よ、少なくとも他の悪魔よりは」 「元天使!?」  唯臣がバルバトスとマルコシアスを交互に見つめる。ウン、と頷く悪魔達に唯臣がぽかんとしている中、ニーナはふ、と笑った。 「そ。だから貴方がどんな素晴らしい歌を歌っても問題ないの。さ、頼んだわよ?」
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