第三十譚 乖離の空

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 だが、それは逆に言えばこの戦場という場で酷く無防備になっているということ。いくらニーナや悪魔達が彼の傍にいるとはいえ、目を閉じ、まったくの平常心を保ち、更には緊張の一つもしない心の強さ。 「……」  そのあまりにも人離れした歌声と姿を見て。ニーナの頭の中に、先ほどまで過る由も無かった策が一つ、芽生える。 「────ねぇ。バルバトス」  背後に見えてきそうなハープやパイプオルガンの旋律。唯臣が作り出しているのは教会という場所だけではない。その中にある信仰心や祈りまで、彼は再現しようとしている。  そんな人の心を動かすという、普通ではない状況を目にしながらニーナはバルバトスに声をかけた。元天使らしく優雅に腰を折ったバルバトスが口を開く。 「はい。なんでしょう、マエストロ」  歌声に聞き入りつつもニーナの声を逃すことのなかったバルバトスが返答した。これは本当に他の悪魔を召喚していたら危なかったかもしれない……。そう思いつつ、ニーナは視線を彼の方に向ける。 「貴方、友情を元に戻せるのよね」  ニーナの言葉に、バルバトスがえぇ、と頷いた。 「可能ですよ。ただ、お互いの関係の状態にもよりますが」  お互いの関係の状態にもよる。  バルバトスはさらりと言ったが、それがとても大きな問題であることをニーナは理解している。片や神を信仰する天使、片や神に背いた堕天使。彼らの溝は、最早友情という代物で補えるものではない。  そう……普通なら。  ニーナはバルバトスから目を逸らし、ちらりとあたりを見回す。  ニーナに呼び出された天使たち。天使の歌声を持つ唯臣。そして水晶の向こうには、ケルビム達天使と縁があるかもしれない堕天使達……。  普段なら繋がるはずのない彼らが。ルシファーですら驚く唯臣の声で作り出された疑似の信仰心に感化される可能性は?  低い。けれど……不可能ではない。そこに更に、バルバトスの能力も加わるのだから。 「ケルビム……どう?」  ニーナがそう言ってケルビム達の方を見ると、ニーナの意図を察したのであろう彼らは頷いた。 『顔見知りは居ますよ。ただ彼らが素直に我らの話を聞くとは思えませんが』
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