第三十譚 乖離の空

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「えぇ。バーボンストリートやオルダーを懐柔するのは無理だと私も思うわ。勿論星殺も。ただ、彼らに付き従う有象無象達は……どうかしら」  ニーナが言うと、ケルビムがふむ、と思案しだす。ニーナが望んでいるのは、彼ら堕天使達の完全な無力化ではない。スフォリアやアレン、彼らへの道を阻む存在を消したいのだ。  そう言ってニーナはバルバトスの方を見る。 「貴方は【過去】を探って懐柔できそうな堕天使をまずは見つけて。その対象に入らないならマルコシアス、貴方が好きに焼き払ってちょうだい? 懐柔できそうならケルビム、貴方達が懐柔するの。それで戦いが収まるのなら御の字。収まらないなら、その時はその時だわ」  ニーナの言葉に、ふ、とバルバトスがその唇を歪める。 「このような美しい旋律を背景に、恐ろしいことをおっしゃられるものだ」  そう話すバルバトスだったが、彼はすでにニーナの薔薇色の毒を強く纏っていく。 「それが必要なことだから、するというだけの話でしょう」  ニーナが耳に髪をかけながら呟くと、バルバトスがふ、と小さく息を漏らす。 「そうですか。承知いたしました。ではご命令の通りに……」  そう言ったバルバトスが両腕を広げたと同時に、エデンの円形の内部が図書館のように変貌していく。無数に並んだ本棚から、バルバトスと共に現れた4人の王が本を抜き出し、バルバトスへと掲げていく。一見無作為に選んでいるように見えるが、選ばれた理由があるのだろう。あの本が彼の【過去と未来を見据える】力の諸元なはずだ。  だが、勿論そんな能力を使うためには生半可な代償だけでは足りない。ニーナの体からは急速に毒が奪われていく。しかしそんなニーナもまた、連戦によってほとんどの毒を使い果たしてしまっていた。  実質今バルバトスに力を送っているのは、契約者である唯臣だ。今まで千寿と契約を交わしていたとはいえ、一度も彼女の力を使ったことのなかったニーナは契約により毒の供給を受ける感覚を知らなかった。 「────これが……契約」  多量に供給を受けていることも一因だろうが、ニーナの左腕に絡まったマリオネット・ストリングスが異様に熱を放っている。だがそれは痛みを伴うものではなく、酷く体を熱くするものだった。本来自身のものではない毒が送り込まれているからだろう、力が漲るのと同時に体が異様な興奮を起こしていく。
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