第三十譚 乖離の空

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「この歌声……さっきの狼の少年が……?」  先ほど自身に牙を剥き出しにして襲い掛かってきたはずの少年が歌い上げる歌に、アレンが呆然としている。その歌声が届いたのだろう、スフォリアが不快そうに眉を寄せた。 「────仕留めろ」  不愉快そうにそう呟いたスフォリアに、アレンが頷く。 「分かったよ」  そう応えたアレンの瞳が、唯臣の方へと向かう。 「【殺すには忍びないけど……仕方ないか】」 「…………、?」  アレンの思わず出たらしい呟きにニーナが眉を寄せた直後、アレンがその腕に剣を握り締める。  一気に襲い掛かってきたのは、激しい熱風。ドライアイの瞳を思わず守るように目を細めてしまうほど、一瞬で周囲が乾燥した。  アレンが手に持った剣。その剣は先ほどまでとは比べ物にならないほど禍々しい炎を湛えた剣だった。毒の炎のように。地獄の業火のように。神を焼いた人の業のように。 「うちにはうちの勝利の女神が囁いてくれてるからね」 「へぇ……。私が言うのもなんだけど」  アレンの言葉に、ニーナは思わず腕を組む。彼らの勝利の女神。それはあの不快な旋律を奏でる砂糖に他ならないだろう。ニーナは唯臣の声を背に受けながら、笑う。 「神[ニケ]を頼るなんて、不遜な堕天使だわ。貴方」  反撃の時だ。       ◆◆◆ Half two years ago†Shihara's House ─────────────────── 28th February 20XX 「姉ちゃん? 母さん、父さんー? あれ、みんなどこ行っちゃったのかな……」  髪先から滴る水滴をタオルで拭いながら、雷斗はあたりを見回す。ひとりでに爆ぜる暖炉の炎。規則正しく時を刻む時計の音。姉の誕生日、外の雪遊びから帰ってきて体を温めてきた雷斗が目にしたのは、がらんどうのリビングだった。  シャワーを浴びてきたのはたったの数分。三人が揃ってリビングにいないのは不思議だった。それこそ母は居そうなものだが……。 「……ん? この水滴、なんかどっかに続いてる……」  雷斗が辺りを見回していると、リビングの床でぽつぽつとラインを描いて垂れている水滴があることに気付いた。  もしかしてこれ、姉ちゃんの服から垂れたのかな?
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