第三十譚 乖離の空

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 1人で立ち向かってくる彼女の強さを。ぶれない芯の強さを。そして俺への、明確な敵意を────。 「……ここは大丈夫です。姉さんを怒らせない範囲でお好きにしてください」 「そうか」  雷斗の言葉にフィノは小さく頷くと、外套を翻した。そして何も言わず、その場を去っていく。ジャンヌの視線はしばらく叔父へと向かっていたが、彼の姿が完全に見えなくなると、雷斗へと向かってきた。 「雷斗」 「……何?」  いつか向き合わなくてはならないことは分かっていた。何せ雷斗はジャンヌを────裏切ったのだから。 「貴方、私との約束を堂々無視してくれたわね」 「……なんだっけ?」  約束。何となく覚えがあるような気もするが。だが今の雷斗にとっては、【思い出す前】の記憶はさして重要ではなかった。  帝の世界から帰ってくるときに見た、【あの記憶】の前では何もかもが霞むのだから。 「何かあったら必ず相談しろと言ったはずよ。私でなくても誰かに、必ず。だけどお母様も薫も悔啼も結城も西園も、誰もあんたから相談なんて受けてないって言ってたわ」 「……。そうだったな。あの時は嘘をつく気はなかったさ。あの時は、だけどな」  雷斗はジャンヌも含め、皆に打ち明ける勇気を持とうとしていた。だが、今抱えているこれはどうだ? 誰かに打ち明けて解決することなのか。それは、否。誰かに相談したところで解決しはしない。それが分かっているからこそ、雷斗は誰にも相談しなかった。  雷斗のその思いは言わずとも理解されているようで、ジャンヌは特に説明を求めてきたりはしなかった。ただ一度だけ、呆れたように、失望したように、大きくため息を吐いた。 「私達の共犯関係はもう終わりのようね、雷斗……いえ、祇原」 「……そうだな」  ジャンヌの言葉に雷斗は笑いながら、しかし一抹の寂しさを覚えながら頷く。  雷斗は【祇原】として生きることを選んだ。だが、決して今までの生活全てを否定したいと思っているわけではない。ただ【哉多】としての自分より、【祇原】としての自分の比重が重かった。それだけのことなのだ。 「それにしても、悲しいくらいに俺が裏切っても驚かなかったな」  自分が裏切ることなど最早予想の範疇だったというのか、まったく信用されていなかったことに肩を竦めたい気持ちになりながら尋ねると。
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