第三十譚 乖離の空

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「────────……」  ジャンヌの言葉に、雷斗は目を細めながら息を長く吐く。一度ジャンヌの指先から目を逸らした雷斗は、その瞼を強く閉じた後、顔を上げた。  良識ある【優等生】の顔ではなく、彼女の言う【クズ】に相応しい、殺意の籠ったまなざしを持って。 「随分な物言いをしてくれるな」  想像したよりも低い声が漏れた。無意識のうちに芽生え、咲いていた彼女との仲が決定的に崩れていく。  ……いや、そもそも。仲を築けると思ったこと自体が間違いだったのかもしれない。  信じるものが。守らなければならないものが。全くの真逆であることを、そもそも俺は知っていたはずじゃないか。  自分の大切な人【だけ】を守る毒。自分の大切な人【以外】を守る毒。  俺たちは全く違う毒に手を伸ばした二人なのだから。 「あら。これでも大分セーブしているつもりなんだけど? お望みならいくらでも言ってあげるわ」 「……」  全く悪びれないジャンヌに、雷斗は冷ややかな視線を向ける。確かに彼女と手を組み続けることで得られるメリットは大きいだろう。雷斗はまるで【前と変わらない】ように振舞うことができるからだ。  だが、いざ敵に回ってみるとかなり苛立たしいものだ。  彼女の異様なまでの自信と、腹の底の読めなさは。  彼女へのこの【感情】を。果たして俺は抱えたまま、前のようにふるまうことが出来るのだろうか? それならいっそ、当初の想定通り全ての重荷を捨て去ってしまった方が……。 「ねぇ雷斗」  雷斗の苛立ちを察したうえで、ジャンヌが口を開く。彼女は挑発を繰り返してきているようにしか思えないが、その実酷く建設的だ。誰より感情的に動いているようで、それはただの見かけだけ。感情の大切さを理解しているからこそ、隠している。【豊かな感情】という壁で。 「共犯になってくれる代わりに、あんたの望み、叶えてあげるよ」  吸い込まれそうなほど、全てを映してしまいそうなほど大きい瞳で雷斗を見上げながらジャンヌが言った。その犬歯は小さく、しかし鋭く尖っていた。  サキュバスの甘言のように。死神の誑かしのように。闇深い少女の瞳は、雷斗の姿を映している。 「望み……?」  その言葉と共に思い出す、契約という言葉。雷斗は彼女や、そして友人たちを守りたいがために契約を結んだ。そしてその願いは今まで叶えられていた。
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