第三十譚 乖離の空

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 だが、それも今までの思いがあればこそ意味を成した願いだ。雷斗は今まで死神に命を削られてもなおその思いを貫こうと思っていた。しかし今はそれすら捨ててでも進みたい道がある。  となれば、今と変わらない契約を、願いを彼女に預けたままではなんの意味もないのだ。そして新たな共犯関係を結んだとしても、今までのように背を預け、力を合わせることはなくなる。確かにいままでの【守る】ための力が欲しいという雷斗の願いは陳腐化することだろう。  今の雷斗は、あの日願った大切にしたい人たちを捨てて、ただ一人だけを【手に入れたい】がために動いているのだから。  その思いはまるで、【守る】とは相反した願い。  そしてその想いを、彼女は知っていた。だからこそ誘ってくる。毒と刃しか仕込んでいないその手と甘言で。 「あんたをあんたのお姉ちゃんの中で【お兄ちゃんの代わり】にしてあげる」 「…………」  ジャンヌの言葉に雷斗は答えなかった。ただ眉を寄せ、不快感を押さえる。  それはジャンヌに対する感情だけではない。姉の隣で騎士[ナイト]気取りをしているあの男への不快感も含まれている。 「あんたが大好きなお姉ちゃんが、わたしの兄に惚れちゃってるのは知ってるわよ? あんたが必死に【地球の兄】かのように振舞ってることもね」 「なんで俺がお前の兄に……俺は姉弟として姉のことを大切に思ってるだけだ」  雷斗の言葉に、ジャンヌがす、と目線を逸らしながら、しかし笑う。その様子は先ほどまでの勢いのあった舌とは、少し違った。 「血の繋がりなんて……時には意味をなさないことは、立証されてるわよ」 「……」  そうか。彼らの兄、ジャック・ホラーハイズは近親の子……。  ────……まぁ。俺は姉を女性として好きなのかどうかは正直、分からないけれど。女性として見るには……いや、同じ人間として見るにはあまりにも、別世界の人過ぎて。  そんな彼女の傍にいるのが、あんな軽薄な人物というのが許せない……そう。ただ、それだけのことだ……。  ジャンヌの言葉に雷斗は肩を竦める。 「分かった、分かったよ。喜んで共犯にならせてもらおう」  雷斗はお手上げという様にそう呟く。そしてその瞼をゆっくりと開いた。その赤い眼に、夜色の瞳の少女を映しながら。 「ただし一つだけ今、決めた」
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