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それが顕著に見えるのが、煤の大量に付着しているカーキ色の長いコート。体格に全くあわずぶかぶかさで、Tシャツもズボンも身の丈に間違いなく合っていない。
白い肌も元の色がわからないほど煤が付着し、黒ずんで見える。唯一輝いているのは、不気味なほど澄んでいる翡翠の瞳。目深に被られた帽子のせいでよくは見えないが、そんな中でも主張があるほど鋭い眼光なのだ。
さながらスラム街で気怠げに揺れる花、と言ったところか。
もっともその口から出てくるのは花とはほど遠い刺のような言葉だが。
「サ、サイト! ヴィンセント様に失礼なことを言うな!」
そんなサイトの背後から、頼りない青年の声が聞こえてくる。ニーナの従者であるレオだ。彼もまた、サイトと一緒に来たらしい。
「よく入れて貰えたわね、サイト。私ですら追い返されそうになったんだけど」
「難色は示されましたけどねー、ちょっと圧したら引きましたよ。あの程度に負ける気はしないですねー」
補佐という立場だが、全く動じることのないサイトバラッドの言葉にニーナは思わず笑ってしまう。相変わらず強い人だ。
「ねぇニーナ俺への反応は!?」
「貴方はどうせサイトについてきただけでしょう」
ばっさりと切り捨てると、レオががっくりと項垂れて泣き出す。そんなレオをヴィンセントが慰めているのだから、大きな男二人が涙を流しながら慰め合うなんともシュールな光景だ。サイトバラッドもうわぁキモイとドン引きしている。
「ところでジャックは?」
異様な光景に耐えられなくなったニーナが話を切り替えると、サイトバラッドが困惑した顔を見せた。また仕事をさぼっていたのか、あいつは。
勤務中であっても酒は飲むし、簡単に職務放棄して遊びに行ってしまうジャックの行方が簡単には見つからないのはよくあることだった。ニーナがため息混じりに連絡をとろうとしたその時だった。ドタドタドタッ、と言う、地面を破壊しそうな音が響き渡ってきたのは。
「!」
その音を聞いて一瞬で事態を理解したニーナとサイトバラッドは、慌てて扉から離れる。だが、よよよと泣き合っていた二人は気付くのに一瞬遅れた。
「ジャ、ジャック様落ち着……!」
「ふざけんなどういうことだッ!」
怒声と共に襲いかかってきた、扉。蹴りだけで吹き飛ばされた扉が、部屋の中で大きく宙を舞ったかと思うとヴィンセントとレオに襲いかかった。
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