67人が本棚に入れています
本棚に追加
「お嬢ちゃん。お嬢ちゃんはね、これからは選択をさせて貰えないんだよ」
忘れもしない。
悪夢の中で告げられた、一生私から離れることはないであろう、心臓に突き刺さる薔薇の棘。
甘美であれば良いのに、その毒は悪酔いさせる赤ワインのような、赤き血しか齎らさなかった。
この会話だけで、まさか人生が狂わされるとは思いもしなかった。今考えても笑ってしまう狂気染みた会話であったと言うのに。
けれどその言葉が、私に重い、重すぎる楔を打ち付けた。
あの悪夢に私が応えてしまったのが運のつき。ただの夢だと思い、会話に応えてしまった我が身を今でも呪う。
でもあの人物は、幾ら私が逃げ仰せたとしても延々追い掛けてきたのだろうけれど。蜘蛛の巣を張り巡らせ、不気味な悪夢に誘い迷いこませ、獲物を確実に捕らえるのだから。
「選択をさせて貰えない?」
私は眉を顰めて、突然話しかけてきた人物の言葉を復唱した。私が発した声は、まだこの世に生を受けてから数年とは思えないほどに刺々しい硝子の声だったに違いない。
しかし、会話の相手が声音に気を配ることはなかった。人物はただ淡々と、運命が作ったのか人物が描いたのか、どちらかわからないシナリオを進めるだけだ。
「そうだよ、お前さんはお人形さんなんだ。世界という悲劇[グランギニョル]に弄ばれる、マリオネット。強大な力に流されるだけのドールなんだ」
ドール。
意思なく、その体を持ったものに全てを奪われるだけの、ドール。
「お嬢ちゃんにはこの毒をあげよう」
私の前に差し出されたのは、手のひらに収まる大きさの二本の瓶。中には、動かすと七色に輝く綺麗な液体の入れられていた。
しかし少女は瓶を目の前で何度か揺らした後、人物に突き返した。綺麗と言うだけでは、私の興味を惹くことはなかったのだ。
寧ろ私は話し相手に気をとられていた。声が嗄れた女物なので、老婆だろうと推測できる。
綺麗な水溶液を湛える小瓶を持つ手は布に囲まれていて見えず、身長は私よりも高い。
老婆に気をとられていると、彼女は再び瓶を目の前に押し付けてきた。どうでもいいものを突きつけられて、私は少々不機嫌になる。
そんな私を更に幻滅させる言葉を、老婆は発した。
最初のコメントを投稿しよう!