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「これはね、人に嫌われる毒なんだ。唯一、お嬢ちゃんが愛してしまった者を除いてね……」
その言葉で、私の気分はすっかり悪くなった。一瞬で全てがどうでもよくなり、さっさと下らない悪夢から目が醒めれはいいのに、と考える。
人の心を操る毒なんて、存在するわけがない。
必要ない。私がこの毒に対して思ったのは、それだけだ。自分とは無縁の代物で、興味の対象ですらない。
────……退屈しないオモチャも出せない夢を見るなんて、私も随分だわ
自分に対して失望すら感じつつ、私は首を横に振る。老婆に対し拒絶を示し、面白味のない悪夢を終わらせる為に。
「私、要らないわ」
当然の返答。私にはそれ以外の正答など見当たらなかった。
しかしその言葉を耳にした老婆の目は突如大きく見開かれ、表情は酷く空虚になり、突然、憤慨した。
「甘えるんじゃないよ、このガキッ!」
「!?」
薄汚い布に包まれた小さめの手が、怒りと共に私の肩を鷲掴みにする。的確に隙間をついてきた攻撃で骨が軋んで痛い。こんな穢らわしい老婆に触れられていること自体嫌なのに、なんと言うことだろうか。
「貴方、さっきから何なの!?」
当然私は、怒りを向け返した。悪意を向けられて生まれるのは悪意のみなのだから。
「拒否権はないよ小娘。お前はグランギニョルのドール。運命に見捨てられた存在が!!」
話など聞かず、此方を見詰める深紅の目。心臓のように痙攣する瞼がおぞましく、その目が嫌で嫌でたまらなくて。
私は逃げ出した。
けれど、魔女は私を逃してなどくれなかった。
絡みつく毒。それを跳ね除けようと必死に手を動かすけれど、魔女の毒はそんな抗いなど物ともしなかった。
皮膚に染み込み、血管の中を蠢き、細胞という細胞に染み込んで書き換えられて行く感触。
「い、嫌……私はこんなの要らない、嫌、止めてぇえええ!!」
悲鳴は、高らかな笑い声にかき消される。体の全てを蝕む嫌悪感が終わった時、私はもう、自分が私の望み通りにならないことを悟った。
その時から私は、強い糸に囚われたのだ。一時毎にその糸の絡みつきは強くなって行く。私の体を操れるほどに。
かくして幕は開かれた。
あの時から私は自分の選択に自信を持てない。
私は私を信じられない。望んだことも望まぬことも、全てが操られているのではないかと疑ってしまうから。
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