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尤も、その愚かな力に頼っているのは他ならぬ自分なのであって、愚かなのは自分も同じだ。愚かだと思っているのに身を窶したのだから、よりタチが悪いかもしれないが。
────……どうも暗いと眠たくなる……また嫌な悪夢を見てしまったわね。
その愚かな存在で構成されている失楽園の中で、最も愚かだと自負している一人の少女が悪夢から目を覚ました。覚まそうが覚まさまいが、どちらも悪夢のような気もするが。
目を開けると視界に収まるのは、枯れた木々の中、公園のように開けた場所。人気の一切ない公園の中は、枯れ果てた花弁が一枚、無残にころころと転がっているだけだった。
少女が座るのはやや腐敗の進んだ頼りない木製のベンチ。たまに風が吹くだけで木が剥がれるという、究極のぼろさだった。
顔をゆっくりとあげた彼女は、そのまま失楽園の風を浴びながら、動作を停止した。
動いたのは、瞳を覆っていた瞼だけ。血に蜂蜜を混ぜたような、甘さと毒気を備え持つ紅茶色の猫目が姿を現した。
その双眸を乗せているのは、一切のくすみも無い白い肌の小顔。見た目クリームのような甘さを連想させる白さだが、眼光の鋭さと微かに不機嫌に引き結ばれた唇が彼女を甘くは見せなかった。
ストレートの黒髪は腰につくほど長く、日本人形のように揃えられた髪型の上にはそれよりも深い黒色のヘッドドレスが結ばれていた。
そんな精緻な顔が乗っているのは、退廃的な黒を基調としたゴシック・ロリータ。黒いリボンが踊る白のブラウスに、何層ものフリルで彩られたジャンパースカート。十字架や薔薇を模した黒いレースで裾や袖が飾られている、正に【人形】のような出で立ちだった。
少女の名は、ニーナ・グレーテル。
失楽園グリムリーバー種において生粋の二大貴族であるグレーテル家の三女だ。
そして、グリムリーバー種頂点である、四天王の三番目でもある。
孤高の【魔女】と呼ばれ、美貌と排他性を兼ね備えた、一匹狼のナルシスト。それがニーナの失楽園における評価だった。
そんな失楽園の中でも一際目立つ存在であるニーナは、誰一人として人のいない公園でただ一人、居眠りをしていたのだ。
……いや、してしまった、の方が正しい。なにせ本当は仕事をするために来たのである。その証拠に、彼女の周りには何十もの革張りの本と、黒々としたインクを湛えた壺、そして羽ペンが転がっていた。
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