第一譚 ダイナの迷い

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 最も上部である【w】地区は、堕天使の地区。グリムリーバーでも特別な許可を得なければ入ることができない地区だが、アーカイバー・グレーテル両家の者は自由に出入りができる。最も堕天使を忌み嫌うニーナは、【w】地区に近寄りもしないが。  両【r】地区はグリムリーバーの居住区。土地が上部に行けば行くほど高い地位の者が住んでいるが、本家本元の貴族達は【N】地区に住んでいる。  【n】地区は商業地で、子供のグリムリーバーが通うアカデミーもそこにある。右よりも左の方が高貴だとされる失楽園の価値観では、右に位置する【n】地区はあまり好かれない。一度入学すると、ある一定の条件を満たす生徒以外は家に帰ることも許されないため、アカデミー生達は早く卒業することを望む。  最も下部にある【s】地区は、人間が住む地区。与えられた土地は多いが、その地域以外から人間が出ることはほぼ許されていない。盗みと殺人、病気が蔓延する最悪の場所だ。  33年前【あの事件】が起こった現場でもある。  そして今ニーナが向かっている【偽王国】があるのは、【n】地区と【s】地区に挟まれた【q】地区。  【s】地区以外に唯一人間の入ることができる場所で、その治安の悪さと一切手入れのされていない穢い土地のせいで、誰も寄り付かない。そのため、【偽王国】という牢獄であり拷問場である施設が建てられたのだ。  その【偽王国】の前に、ニーナはいる。グリムリーバーと思わしき人影が視界の中で蠢いている。  まるで廃墟と言わんばかりに、ぼうぼうと生えた草の中に聳えているのが【偽王国】。元は赤茶の煉瓦で覆われていた壁だったのであろう【偽王国】だが、煉瓦が取れて白い壁が醜く露出している。  更に凄惨なことに、壁の罅の間から漏れた血のせいで、不気味な跡が出来てしまっていた。  三つの尖塔から見下ろす看守が威圧的なこの建物は、掲げられた逆十字架すら落ちかけている惨めな外観。這う枯れた蔦も、壁を蠢く虫も、何もかもが気持ち悪い。 「……」  ニーナに擦りついてくる猫ですらこの地域まではついてこないと言う悲惨な場所。そんな場所の前でニーナは落ち着くために吸っていた煙草から、口を放す。  そして革手袋を填めた指で火を消し、自らの毒の炎で煙草を焼き尽くした。  果ては処刑が行われることもあるこの場所に入るのは嫌だが、ニーナは渋々鉄柵に覆われた【偽王国】に踏み込んだ。
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