その男の事務所について

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朝ばったりと顔を合わせた。 川崎の眉間にはそれはそれはおっそろしく深いシワがくっきり刻まれていた。 「川崎さん、おはよ、」 昨日はどうもと、他意のない笑顔で言われても、川崎が笑顔で返すわけがなかった。 仏頂面のまま、隠そうともしないで嫌な顔をして視線を逸らした。 有住の仕事の事務所は駅裏のビルの3階だ。簡素な作りの事務所は映像を加工するところだけかろうじてパーテーションで仕切られているが、ドアを開ければすぐに、開封されたダンボールの中にエロDVDが見えるような乱雑なものだ。 ビルに入っているテナントごと怪しいものだから、そんなことはお構いなしなのだ。確か地下1階はスカウト事務所が入っていて、2階は消費者金融だ。1階は広告代理店だが、印刷物は極めて卑猥なものだった。 日が一番高くなる頃に有住は出社した。直行で現場へ向かうこともあるのだが、今回は顔合わせというたいした用事ではない。ただ事務所にきた男を見てOKかNGか言えばいいだけだ。 それなりの人気者だから相手も選べる。じわりと汗が頭のてっぺんに浮かんできて、有住は早くビルに入りたいと思った。それから今度はあまり面倒にならなさそうな男がいいと思いながら。 ビルの前で目つきの悪い男にあった。今にでも食い殺すんじゃないかという目つきの。 …この人だったら、いやだな。 あまり選ばないほうではあったが、有住はちょっと苦手だと思った。 十分S気のある男だ。そういうのをねじ伏せるのは好きじゃないし、踏み潰されるようなアブノーマルなSMも好きではない。しかし甘やかしてもうドロドロで参ったと白旗を揚げさせるのは好きである。 ・
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