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だいたいこの男は自分の帰宅時間を見越してアパートのまわりをうろついているのだ。
隣に住むストーカー、有住。
自分でも認めているのだ。
「…川崎さんも今帰り?」
「…付いて来んな、」
「いや、隣の部屋だし、」
それは知っている。知っているが言わずにはいられないのだ。
何をどうしてこうなったのか川崎にはわからない。ただお隣さんだっただけだ。不運としか言いようがない。
賃貸のエレベーターの狭い空間が暑苦しくて仕方ない。斜め後ろの男のせいだ。
「明日、休みでしょ?部屋行っていい?」
「…ムリ、」
「うそ~、オレの部屋今冷房壊れてんの、隣人が熱中症で朝起きたら息引き取ってたらイヤじゃない?」
「むしろそうなってほしいくらいだ、」
「川崎さん、ひどい、」
4階で降りて、バックからカギを取り出す。開けてすぐにドアを閉め、カギをかける。
川崎は一連の動作を頭で描く。隙あれば体ごと入れ込んでくるのだこの男は。
本当に、疲れているんだ。早く休みたい。
入れろだとか、帰れだとか面倒くさい攻防はゴメンなのだ。
エレベーターホールから曲がればすぐに男の姿が見えた。
20代前半、もしかしたら10代後半かもしれない容貌の男が立つ部屋の隣が川崎の部屋だ。
「……、」
よくあることだった。
どうやら自室の安全は守られそうだ。
ただ、隣接する部屋から騒々しい音が聞こえてこないことを祈るだけだ。
「有住さん!」
若い男は力強くも声は微かに震えていた。
「あーぁ、ちゃあ…川崎さん、」
「…それじゃあ、おやすみ、あまり騒ぐと警察に通報するな、」
どんなに情けない声を出されたって顔を見てもやらない。
ガチャリとカギを開けながら隣の声を聞いた。いや、ただ耳に入ってきただけだ。
「どうして連絡くれないんですか!?」
だとか、
「だからね、甲本くんね、仕事、仕事だよ、言ったよね、オレ」
だとか、
「そんな、でも僕…あなたのことが…」
だとか、いろんな事が聞こえたけれど。
ガチャンと鉄扉を閉めてしまえば、案外静かなものだと川崎は思った。
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