0人が本棚に入れています
本棚に追加
運転手が噛んでいるガムのミントの爽やかな香りが車内に広がる。
「あー、そうだ。お前、名前は?」
信号が青に変わり、運転手は前を険しい顔で見つめたまま、そう訊いた。
「え・・・W-CO112、です・・・。」
「あぁ?それ番号だろーがっ!!!」
呆れたように、運転手はチッと舌打ちをした。
そして、深く溜め息をつく。
「・・・そんなんじゃなくて。
ちゃんと、名前、あるだろ。」
静かに、運転手は言った。
え、怒ってるの?
それとも、呆れてるの?
前を向いて運転しているので、表情はあまり見えない。
「何だ?隔離されて、名前も言えなくなったのか?」
「い、言えます!」
「そりゃ良かった。長い間違う名前で呼ばれてると、本当の名前を忘れる奴ってのもいるらしいしな。」
「・・・あたしのほかにも、そんなひと、いるんですか?」
思わず怪訝な声になって訊き返す。
―一いったい、この国は、どれほどそんなことを繰り返しているのか。
運転手はしばらく黙った後、
「企業秘密だ」
と、短く答えた。
最初のコメントを投稿しよう!