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それから、10分あまりが経った。雨脚はさらに強さを増し、手に持つ傘に当たる雨音も大きくなってきた。そんなとき、ようやく坂が終わりーー坂の上に、《紫陽花館》のシルエットが見えてきた。
「あれが、《紫陽花館》……」
羽鳥が、ぽつりとつぶやいた。
「綺麗……」
これは、亜紀の感想である。僕は、そんな感想に同意した。確かに、廃墟とは言え、そこは綺麗だった。建物は、外壁は紫陽花のような綺麗な水色で、主人がいなくなって5年がたった今も、その色を保っていた。さらに目を引くのが、その洋館を囲むように咲き誇る見事な紫陽花だった。ちょうど今が梅雨の時期だけあって、その紫陽花が見事な花を咲かせていた。
僕たちは、その紫陽花を見ながら、建物に近づいた。遠目からは何も変わっていないような印象だったが、近くに行ってみると、5年の歳月を感じさせた。ところどころの塗装は剥げ落ちてしまい、壁にはひびが入っているところもあった。
正面玄関に着き、傘をたたむ。雨脚は、一層その強さを増していた。最初は来たことに後悔したが、あの紫陽花は一見の価値はあったため、後悔は今ではしていなかった。
「ねえ、さっさと入りましょうよ」
そういったのは、紫恩だった。ツインテールでメガネ、といういかにも「文学少女」といった感じの女である。
その一言で、僕たちは中に入ることにした。
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