記憶を無くした男

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おかしい、と思った。 俺は彼がいなくなってから孤独になったのに。 もともと俺には彼しか近寄ることがなくて、俺は彼以外の人間と必要以上のこと以外は話さなかったから、他の人間との接し方なんて知らない。 彼が俺の考えてることを察してくれるのが当たり前だったから、泣くことも笑うことも怒ることも必要なくなってしまっていて、やり方を忘れてしまった。 俺は、独りだ。 彼が結婚するらしいと聞いた。 子どもができたそうだ。 平凡で極普通の幸せを手に入れようとしている、彼。 そんなことは、許せそうもなかった。 「お前は人間なんかじゃないだろう」 「お前は俺の“モノ”だろう」 「許さないよ、お前だけが“幸せ”になるなんて」 とにかく嫌だった。 彼を手放した途端に消え去った“俺”の存在価値。 彼があるがままの俺を許したから、今までの“俺”という存在はあったんだということに気づいてしまった。 彼には彼を認める人間がたくさんいて、俺にはもう、誰もいない。 それを認めるのが嫌でたまらなかった。 彼は初めて俺に自分自身の言葉を投げつけた。 『孤独に絶望するあなたが見たかったから、俺はあなたの側に居続けたのかもしれないな』と。
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