名医ベスト5

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カルテ No.1:    名医ベスト5 『ねえ、あーそぼ』 「結平先生」 診察室の入口に設置された薄桃色のカーテンを引き、看護婦が一人、明るく顔を覗かせた。 名前を呼ばれたのは白衣の男。言わずもがな、この診察室の主である医者だ。少し長めの前髪を耳にかけ、机に向かい、ペンを片手にカルテと睨めっこをしている。 「結平先生っ」 再び名前を呼ばれると、彼はようやくペンをおき僅かに顔の角度を変えた。眼鏡の縁がきらりと光る。 「後は午後の診察です。今の内にお昼の休憩どうぞ」 「…ああ。ありがとう」 決して目を合わせようとはしてくれなかったが、要件が伝わればそれで良い。返事を耳にした看護婦は軽く挨拶をしてそのまま診察室を出て行った。 静まり返る部屋。 数人の看護婦達は皆それぞれの仕事についていて同じ部屋にはいない。だがその狭い空間に、彼は一人ではなかった。 『ねえ…あーそぼ』 先程から、何かの声がする。少女とも少年ともとれる高めの声。まだ幼い、小さな子供のものだ。 『あ そ ぼ』 まるでそれしか言葉を知らないかのように、同じ単語を何度も繰り返す。 彼は腕時計を見やり、小さく息を吐いてカルテの束をトンと揃えた。そして、ちらりと視線を横に流す。 何かの姿が、視界の隅に映った。 『ねえ、あ そ ぼ』 少年だ。おそらく、六歳前後の。だが気が付いた時には既に、それは彼のすぐ目の前に立っていた。 小さな手が、がしりと腕を掴んで離さない。 目が合うと、子供は笑った。 大きな目が不気味に見開かれる。笑っているのは口元だけで、目は黒目がぎょろりと大きく、ただ一点を凝視している様がやけに気持ちが悪い…。 「……」 彼は無言で眼鏡の端を持ち上げた。一呼吸おいて、ふうと息を吸い込む。そして… 「誰が遊ぶかぁぁぁあああ!!!」 張り裂けんばかりの大声で、そう叫んだ。
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