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「おっと、そろそろ診察に戻らないと」
立ち上がった黒井はパンパンと白衣の草を払い落として服の乱れを直した。
「黒井先生は昼どうします?」
「ああ、もう済ませましたよ」
王の問いにまたニコリと綺麗に笑う黒井。キラキラと星や花が舞いそうで結平はじとりと目を細めて溜め息をつく。
「じゃ…お二人で、ごゆっくり」
だが、そうやってぽんと肩に手を置かれ、結平はわけが解らず眉をひそめた。
「……あ!ちょっ…」
しかしどういう意味だか考えている間に重要な事を思い出した結平が慌てて手を出した時には、彼は既に歩き始めてヒラヒラと後ろ手を振っていた。
「ほら、ちゃんと食ってる人は健康的に笑うぞー?」
「…人を不健康みたいに言うな!!」
王は相変わらず深く考えるどころか全く気にも止めない様子でうんうんと感心しているが。
「それより…!聞き忘れたじゃないか!!…ハイエニストの事!!」
「え?」
思い出したのはそれだ。
確かに、黒井は何かを知ってる風だった。聞き逃した事が結平にとってはとても痛い。が
「……なんだっけそれ」
「……お前なぁ」
既にその名すら頭から消え失せていた王に再び結平は深い溜め息をついた。
そして一言
「……この単細胞が!!!」
そう言って豪快に王をど突き倒した。
「おめでとうございます。可愛い男の子ですよ」
産婦人科病棟、分娩室。
喜ぶべき新たな生命の誕生に一人の男が目を輝かせた。
「ありがとうございます…っ先生」
長時間の長き苦闘を耐え抜いた母が、この世の全てを包み込むような笑顔で微笑んだ。
その笑顔と言葉に、彼もまた満足そうに微笑む。
「お疲れ様です。あとは、ゆっくり休んで下さいね」
熱気と汗にまみれていながらも、そこには穏やかな光が溢れていた。
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