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(弐)
思い返してみると、あの頃の大人たちは皆一様に、歯切れの悪い笑顔を浮かべていた。当時のことを鑑(かんが)みれば、それは至極当たり前で当然のことであると今ならば思えるが、何が起こったのかはっきりとは理解し得ないほど幼ない者には、そんな大人たちの取り繕った笑みを向けられる度に名状し難く漠然とした不安が襲い、只ただ怖いといったあの記憶が呼び起こされる心持ちになったりしたものである。
けれど、記憶が正しければ、あなたは何時もと相も変わらぬ呑気(のんき)な笑みを携える大人の一人だったと思われる。もしかすると、あの笑みは、幼子(おさなご)を気遣っての嘯(うそぶ)きにも似た、あなたの引かれ者の小唄じみた強がりだったのかも知れない。否、そうで無いかも知れないし、本当の処など今となっては解りはしないが、あなたの柔らかい笑顔に随分和ませてもらったものであった。
だが、それも、その以後半年も経たぬ頃、あなたの顔から笑顔が消え去ることとなる。あなたは、かつて他の大人たちが見せた取り繕いの笑みさえ浮かべてくれる事さえ無く、ついぞ見たことの無いほどに小さく背中を丸めていた。
傍らには何通もの手紙と数枚の絵画の写真、それと、くしゃくしゃに丸められた紙屑の山に紛れた一枚の左半分が空白の書きかけの原稿用紙にあなたは埋もれ、そして、泣いていたのだ。
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