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      (参)  何の前触れも無く齎(もたら)され変貌した荒涼(こうりょう)たる物々よりも、周りの大人たちの不安定さが恐怖であったあの頃、部屋へ訪れるもあなたは留守にしていて会えないことが多かった気がする。大人たちでさえ、不安げな表情を浮かべていた頃であっから、それが普段よりも段違いに寂しく思え、ある時なぞ、出掛けの玄関口であなたと鉢合わせした際には、 「何処へ行くの? 一緒に連れて行って」 などと言って、あなたを困らせもしたものだ。けれど、年端の行かなぬ頑是無い子供が四肢をくねらせ駄々をこねるも、あなたは頭を撫でて宥めるばかりで、ついぞ行き先を告げてくれることさえ無く、独り行くのであった。頭を撫でる大きく温かい手がそっと離れ背を向ける間際、和やかな笑みから瞬く間に一変するあなたの何処か寂しそうで切なくも、前を見据える真剣な眼差しを、ほんの一瞬だけ垣間見せたその横顔を、今もはっきりと忘れずにいる。  今になってもそれが焼き付いて剥がれず覚えていられるのは、恐らくは今も飾られたあの画の横顔と眼差しに、あの時のあなたを重ねて見ているからだろう。……否、何度も言う様で叱られるかも知れないが、お世辞にもあなたは、あの画ほど端整な顔立ちでは無いのだけれど。
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