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 行き先さえ伝えてくれず、幼子(おさなご)を置き去りにして出掛けるあなたであったが、留守で無いときには何時もの呑気な笑顔で迎え、よく遊び相手になってくれた。あなたの部屋には子供の遊ぶ様な玩具は無かったけれど、かくれんぼに鬼ごっこ、それから絵本を読んで聞かせてくれた事も覚えている。だが、確かあの頃か、もう少し後になっての頃からだったろうか。 「今日は何をして遊ぼう?」  何時もの様に嬉々として燥(はしゃ)ぎながら尋ねた返答に、あなたは、今日はお絵描きをしよう、と微笑んだ。そのとき、珍しいな、と感じたことを覚えている。普段は、 「何か描いて」 と、せがまれても、絵を描くのは下手だから、と言って描いてはくれなかったのに、あなたが一緒に並んで画を描くものだから無性に嬉しくなったものだ。  子供の頃であったから、自分の蚯蚓(みみず)の様な線とこの世の物とは思えない組み合わせの色合いで塗りたくったお絵描きを頭上より遥か高く棚に上げ、 「あなたは大人なのに絵が下手なんだね」 あなたの描く絵を覗き見るとそう言って、あなたに恥ずかしそうな苦笑を浮かべさせたりもしたものである。  この日を境にだったと思う。絵を描いてみせる事を拒んでいたあなたが、遊び相手になってくれるときには決まって絵を描く様になっていったのだ。
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